硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  20

2013-07-28 07:43:25 | 日記
斎場の扉が開くと、いつの間にか太陽は西に傾いていて、北風に揺れる木々の影が冷たい道路に伸びていた。日中の暖かな日差しはどこかに過ぎ去り、吐く息がまた白くなるほどに空気が冷えていた。寒さを感じ手に持っていたコートを羽織ろうとすると、天沢君が「貸してごらんよ。」と言うからコートを渡すと、そっとコートの両肩をつまみ、後ろから「袖を通していいよ。」と、言ってくれた。私は照れながら両手を少し後ろに回しコートの袖を通すと、天沢君は慣れた手つきでコートを後ろからすっと掛けてくれた。

「あっ。ありがとう。」

「どういたしまして。」

「なんだか手なれた感じがするんだけれど・・・。」

「今度は雫かよ。まいるなぁ。」

「冗談だよ。イタリアの伊達男さん。」

登志子さんの物言いが少しうつってしまったのかもしれない。それでも、こうやって話せる事がとてもうれしかった。だから今度は天沢君の近況が知りたくなった。

「ところで、仕事の調子は順調?」

「うん。いろいろ大変だけれど順調だよ。今度、東京にも工房を開こうと計画しているんだ。追悼ミサまでに物件の確認やら商談やらを一通りこなす予定だよ。」

「へぇ~。天沢君すごい人になってしまったんだね。」

「そんなことないよ。僕よりももっとすごい人がいっぱいいるんだよ。」

自分の工房を出す。私からすればとても大変な事なのに、さらりと答えてしまうところが憎いなと思った。これはモテる筈だ。「イタリアの伊達男」まんざら嘘ではなさそうだと思ったけれど、それよりも彼の話の続きが聞きたくなった。

「バイオリンを作る人って、そんなに沢山いるの?」

「うん。沢山いるよ。バイオリン制作学校に通ってた時も、日本人の先輩がいたよ。あと、韓国、中国、東南アジア系の人、アメリカ、ドイツ、オーストリア、フランス、何しろ多国籍だったよ。」

「へぇ~。そうなの。全然知らなかった。」

「バイオリン製作って、クラシック音楽に関わってないと分からないからしかたがないよ。」

「私、勉強不足でした。ごめんなさい。」

そう言うと、天沢君は微笑んで、

「別にあやまらなくていいよ。それが普通だよ。」と、言った。

何処までも優しい人であると同時に、本当にカッコよくなってしまったなぁと思った。