硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  11

2013-07-19 06:13:08 | 日記
「それで、司朗さんはね。たしか・・・。帝大を出てから陸軍病院に勤め、軍医本部勤務に異動になった後、軍よりドイツ留学を命じられたそうよ。それが、たしか・・・昭和5年ころだったかしらねぇ。昭和10年に私たちは結婚式してね。その式に出席してくれたのだから5年ほど留学していたと思うわ。」

この話は何処までさかのぼってしまうのだろうかと、聞き入っていた。

「それから、しばらくして、戦争が始まって・・・。西さんは将校さんだったのに戦地に赴いて負傷していた兵隊さんの治療にあたっていたと聞いたわ。主人は内地勤務だったけれど、私を置いて転属を繰り返していてね。なぜかしらと思ってたんだけれど、その頃はピリピリしていて聞ける状態ではなかったの。それで戦争が終わって、生活が落ち着いてきたときにふと訪ねたら、戦争には反対だったと言っていたわ。 兄さんはね。空母の船乗りだったから、帰らぬ人となってしまったわ。」

おばさまは枯山水の庭を見ながら静かに語っていた。おばさまの話はすべて事実であったけれど、私にはまるで物語のように聞こえた。

「本当にひどい時代だったわ。空襲にあった時は、これで一巻の終わりだと覚悟しながら焼夷弾が降り注ぐ街を何も持たずに一生懸命走ったわ。そのおかげでこうやって長生きさせて戴いているけれど、家財一切燃えてしまってね。親戚の伝をたどってあなたを背負って田舎に疎開したの。あなた、おぼえている? それでも主人は一向に返ってこないしねぇ。本当に苦労したわ。」

それは甥っ子さんの事だったようで、甥っ子さんが苦笑していた。

「そうだ。」おばさまはそう言って、両手を叩いた。それは突然何かが思い出されたようだった。

「司朗さんが帰国してから、しばらくして志願して大陸に渡ったあと、外国から手紙が何通か届いていたのね。封を切るわけにもいかなし、転送するといっても内容を見られてしまう時代だったから大切に取ってあったの。でも、空襲でみんな焼けてしまった。その事をすっかり忘れていたわ。」

「えっ。じゃあ。その事を西さんは知らずに・・・。」

「ええ。そう言うことになるわねぇ。でもなんで今頃思い出したのかしらねぇ。」

それは、バロンの恋人の持ち主ではないのか。そう思った。でも、それは誰も知っていないようであった。だから、それをここで話すべきかどうか迷ったけれど、西さんが親族の誰にも言わなかった事を私が話すのは間違いだ。そう考えた私は言葉を飲み込んだ。