当地日の出は5時20分、この時期になりますと
早朝は苦ではなく、静かで、さわやか。

いつものように老師の撞かれる梵鐘と読経。
6時である。
参加者全員はすでに座に着く静けさ。
からすの鳴き声と、
終わるまで「キリギリス」の羽音
が雑念を誘う。
老師先生の、座の途中に色々な話が聞ける
(坐以外に、之が楽しみの一つ)
今月も基本の基。
「息と心」を整えるお話し、
「この静けさの中で、カラスの声など雑音が入る、
と、静かな心が乱されるのは普通、
坐禅をしているのですから、この雑念を元の静かな心に戻す努力、
修行をしてください。」
その後に
「こうした事をお楽しみください」とは、老師らしい。
坐後の「塩粥」はやはり新鮮に感じます。
老師先生の坐布、鐘は始まりや終りの合図用。

(19日の行事でしたが、色々なことでupが遅くなっています)
今朝の、義宣寺周辺寸描。



早朝は苦ではなく、静かで、さわやか。

いつものように老師の撞かれる梵鐘と読経。
6時である。
参加者全員はすでに座に着く静けさ。
からすの鳴き声と、
終わるまで「キリギリス」の羽音
が雑念を誘う。
老師先生の、座の途中に色々な話が聞ける
(坐以外に、之が楽しみの一つ)
今月も基本の基。
「息と心」を整えるお話し、
「この静けさの中で、カラスの声など雑音が入る、
と、静かな心が乱されるのは普通、
坐禅をしているのですから、この雑念を元の静かな心に戻す努力、
修行をしてください。」
その後に
「こうした事をお楽しみください」とは、老師らしい。
坐後の「塩粥」はやはり新鮮に感じます。
老師先生の坐布、鐘は始まりや終りの合図用。

(19日の行事でしたが、色々なことでupが遅くなっています)
今朝の、義宣寺周辺寸描。


