tarpin翁のスローライフ

福井県奥越地方、季節のたより、ガーディニングなど、
写真日記・・・そして・・・。

「大ドンド焼き」と共に、春が来る。

2016年02月29日 | 当地の催事・行事など

午後9時「花火」と共に、円陣を組んだ「14箇所のやぐら前仮社」、

一斉に着火。

 

照明を消された、真っ黒の夜空を赤々と焦がしました。

火の勢いは10数メートルも上がったのでしょう。

私、は勝山橋の上から見物していたのですが、

一瞬の炎の暑さを感じました、

今年一年の五穀豊穣と生活の安心安全など、

見物人の皆様の、胸に感じた一瞬だったのでは。

 

 

いま一つの花火が揚がると「竹の先につけたお餅」

を焼きだしました、

こんな風習、昔は無かったのですが・・・数年前から

どこかのまねをしたのでしょう。

 

ドンドが始まる前の「夜の左義長は見ごたえ」

各区やぐら上は、かなりお酒の入った大人衆の浮かれた舞、

太古さばき、その熱気はぐんぐん迫ります。

若い女性も、

恥ずること無く狂ったように舞っていました、奇祭のゆえん。

 

 

 

 

 

印象的だったのは、、ドンド焼きが終り、

帰宅途中の櫓上、露天も、短冊飾りも始末されていましたが、

「今年の舞止め・打ち止め」と、狂ったような舞がつつにていました。

見物人は私と老麗のご婦人3人でしたが、

堪能させてくれましたね。

 明日からの春の足音が早まるのを願っていたのでしょう。

今年の人出は10万人とか。

天候に恵まれた一大イベント「勝山左義長祭り」。

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「勝山左義長」本番、天候に恵まれまれに見る人出。

2016年02月28日 | 当地の催事・行事など

こんなにたくさんの人出、見たこと無い。

「勝山左義長」も、広く知られるようになったものです。

借景に、「石川県堺大日岳」も陽光に映え、いい雰囲気、

今日のお客様たちは、そんなところを見ていらっしやら無いでしょう。

 

踊り手の熱気、

どや顔」集めてみました。

櫓後ろからの裏方たち。

 

 

 

又、「風刺川柳アンドン」もなかなかのもの、

ゆっくり読んでいられませんので、カメラで集めて見ました。

こんな飛び入りも。

この後、午後9時から大掛かりな「どんど焼き」が始まりフィナーレ。

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「永平寺、冬の灯籠祭り」夜間照明、印象的。

2016年02月28日 | 福井のPR大使?

「山門」鐘楼などの夜間照明、強い雨降りの中、荘厳。

 

 

釣鐘堂「鐘楼」、「唐門」の正面、境内の中からも、

何か、神々しい雰囲気でした。

 

 

又、「足元に並んだアンドン」は蝋燭も有りましたが

今年は、LEDの色つきが加わっていました。

 

 

特に「山門」照明は、印象的

本山最古の建物、加えて三解脱門(さんげだつもん)と別名されて、

新しい雲水さんが入門を赦されるかの関門、

この行事は、TVで見たことある場所。

 

 

団体バスの参拝客も多く、雨傘をさしての通行は困難。

当地の、新聞TVの宣伝も数回見ましたので、

参拝が増えたのでしょうか。

数年間の参加で、こんなに込み合った経験も珍しい

山門の下では「東日本災害の復興祈願の万灯会」もあり、

こうした行事への賛同か。

雨の中、「しょうが湯」の振る舞い、

5色の「涅槃団子」も下賜り。

 今夜28日まで。

今夜はやってました。

 

今夜は、「勝山左義長の賑わい」も味わいたかった

のですが、明日もあり、今夜はこちらだけ。

28日の今朝、勝山も曇天の中降雨なし、

盛り上がる左義長まつりに期待。

 

 

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「勝山左義長」始まる、多くの人出。

2016年02月27日 | 当地の催事・行事など

 

天候も回復、午後から始まった「勝山左義長」。

玄関の「正月注連縄」を今日外し、

古くなった神社札など袋に入れ、

櫓前の仮社にお賽銭と共に預けてきました。

 

 

可愛い予備軍たち

 

 

 

そもそも「左義長」祭りは、幕藩地代からの伝承の祭り、

基本、神事行事なのです。

祀りのご神体は「歳徳神(としとくしん)」その歳の初めに祭る神様、

五穀豊穣を願う神様です、この前に「生木の松飾り」があり

ここに「三角形の火打ち袋」を吊り下げる、

すなわち「火防の神様」をも祀っています。

 

 

 

勝山は幕藩時代から数回の大火に襲われ、

明治29年には旧町の80%が消失するなど、

火防を願う思いが強くなり

「左義長」祭りも盛大になってきたとも云われています。

我が家も、殿様の移封についてきて当てがわれた藩士屋敷(家中)、

このとき全消失、現在の土地に移ったようです。

市内の寺院もほぼ全焼、今市内の随所に立てられている寺院は

このときに消失し再建されたものです。

 

左義長櫓の上で、お酒に酔った若い衆が、

女の長襦袢を着て、芸者(昭和30年代には30人も居た)

の三味に合わせて踊りまくる」というもの、このため「奇祭とも」。

お殿様にも認められた無礼講のお祭り。

 

今は、芸者衆の変わりにPTAのお母さんたち、お酒に酔った若い衆は

小中学生の子供達に代わっています。

 

今、市内の小学校では、櫓の無い町(区)の子供達のためと同時に

伝承行事の伝承のため、学校行事として実施、

本番前に毎年「子供左義長」が実施されいています。

この町の子供達はどの子でも左義長太鼓がたたけるようです。

いよいよの本番までの体勢つくりは万全。

 


藩主小笠原公は、この祭りの無礼講として庶民の気持ちを

川柳や狂歌に託すことを許しました。

辻々に設けられた「絵入り行燈」

世相風刺や庶民の哀歓が歌われています。

什器を使ってのその「歳のつくりもの」。

こんな飾りもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

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びっくりポン!「勝山発掘の恐竜、新種学名」。

2016年02月27日 | 福井のPR大使?

「勝山左義長」が始まります。

今朝の当地天候は、昨日から一転、足元は凍りついていますが、

太陽が顔を見せました。

観光の入り込みのお客さまも多いのでしょう。

ようやく、「玄関の正月飾り」を取り外しました。

古くなった神社札などと一緒に左義長やぐら前に作られた

仮社へ納めます、明日夜の「どんど焼き」で送ってもらうのです。

 

 

さて、今朝の当地紙朝刊ドップ、

びっくりポン!「勝山の恐竜、新種学名」決定。

「フクイベナートル・パラドクサス」、

国内で発掘された恐竜化石で学名のついたのは7種、

その内なんと5種までが「勝山発掘恐竜」

勝山にある「福井県恐竜博物館の学芸員さん、やるものです」。

 

この恐竜、2007年に勝山のいつもの場所北谷で発掘、

160片の本物化石から、全身の70%のの発掘となった小型獣却類

なんと「羽毛のある恐竜」、「恐竜が鳥に変わる」過程のもの

雑食性で全長シッポも入れて2.45m、胴体だけで1.3mと小型。

大発見なのでしょう。

「恐竜が鳥に変わる」過程のものなのですから・・・・。

古代の勝山、恐竜天国?。

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