前回の三木元太の投稿を受けて。
旅公演の車両がぜんぶ駐車している写真を見て、こんなスペースが芝居小屋の隣にあるなんて! とつくずく思う。
元太は僕の運転をほめたけれど、僕は決して運転はうまくはない。今だって、運転することは怖い。
ただ、心がけていることはある。
それは、劇団に入ってトラックやバスを運 転をするようになった時、言われたことだ。
「運転は意識的にやれ。芝居と一緒だ。」
「隣に乗っている人の頭が揺れないようにアクセル、ブレーキ、ハンドルを操作しろ。」
それを今も「心がけている」というのはある。
進んだり、止まったり、曲がったり、車線を移る時、車は揺れる。
人も揺れる。
それをなるべく少なくする。
長い旅だから体への負担はなるべく減らしたいし、
その移動中は安心して休息にあてることが出来て、仮眠がとれて、読書もできて・・・というのが理想かな。
タイヤが地面の凹凸を拾ったときはしょうがないにしても、なるべく揺らさない。
高速道路の車線変更はウインカーの点滅9~13カウントくらいで移るとどうも体は揺れないみたい。
そして、体が負担を感じないスピード、かな。
元太のアップには小教室に飾ってある岡島さん(劇団の舞台美術家、故人)の絵もアップされてあった。
ああそうだ、あの絵を見ながら岡島さんも話してくれたんだ。
「シゲ、芝居っつうのはなあ、意識的にやらないとダメなんだよ。
なんでそういう風にやったか、ちゃんと説明できなきゃダメなんだよ。
あの絵は俺が書いたんだけど、なんでああいう風に書いた か、ちゃんとぜんぶ言えるんだぞ、俺は。」
しかし、これは岡島さんだけが言っていたことではない。
演出家の広渡さんもしょっちゅう言っていた。
よほど、なんとなくな芝居が多かったのか、ガミガミ言っていた。
「芝居は意識的にやるんだ!」 これも僕の心がけの一つだ。
芝居小屋はタッパがある。
そのタッパの先にキャットウォークという人が立って移動可能なスペースがある。
照明なんかはそこから吊り込むんだけれど、道具だってそこから吊ることもある。
『おじいちゃんの口笛』の初演の時、「ブラインドに表面に水を伝わらせる」というのがあった。
「フェードインの時はざあざあ降っていて、それがだんだんと水量が減っていき、そして止む。」
というのが演出の広渡さんのイメージだった。
さて、どうするよ! と舞監のウッシーを交えて相談し、
細かい穴を開けた塩ビ管を吊って、
塩ビ管を回転させて、水の出加減は手動で調節できるようにした。
そこからブラインドに水を垂らす。
「ウッシー、あれ、どうなった!」と大きな声がする。
「シゲっ・・・?」 「ええ?(まだ、接着剤が乾いてないよう。)
・・・ああ、出来ましたが・・・あのお・・・い や、今出します!」
で、出してみたのさ。
塩ビ管の穴からブラインドまでの水のガイドとしてくっつけた5センチくら いのビニールの棒のようなものがまだ接着しておらず、
水を出したらポロポロ取れちゃって・・・ 失敗。
あーあ、皆の落胆ときたら・・・。
「なんだ!出来てないじゃねーか!」
「いつ出来んだよ!」
「今、やれ!」
演出家の怒号が飛ぶ。
で、稽古そっちのけでその製作になる。
キャットウォークまで何遍も往復するものの、結局その日はうまくいかず、
それからの日々は他の作り物も含めて、帰宅は午前様。
結局完成したのは、ゲ ネの時だった。
キャットウォークに登ってスタンバイ。
きっかけのちょい前に塩ビ管を回す。
水がブラインドを 打つ音がする。
ざあざあじゃなくて、さらさらと。
これならセリフも聞こえるだろう。
しぶきも 跳ねている。
しばらくして塩ビ管を半分ほど戻す。
雨は小降りになる。
塩ビ管を完全に戻す。
雨が 止む。
ブラインドには雨の雫がいく筋も伝っている。
「雨が上がったわ。」 とトーラさんが言う。
人生の最後、ニルスさんの心にキラリと「生きる」という喜びが宿ったかのようだった。
広渡が言った。
「いいねえ!・・・ざまあみろ。」 (・・・いや、それは俺のセリフだろ?)
元太が言うように、僕たちは演劇という営為を劇団員が分担しながら作り出しています。
それは 先達が夢見た「バラバラにされた個人ではなくて、人の集まりを作ること」だったと思います。
移転先は、今ほどの環境は望めないかもしれません。
でも、「Less is more(少ないことはより以上なんだ)」の精神で、またやって行こうじゃないかと思います。
これまで多くの方々が応援してくださったり、ご賛同くださいました。
心より感謝申し上げます。
誠に手前勝手なことではございますが、今後とも応援をお願いいたします。
2018年10月10日
松下重人
旅公演の車両がぜんぶ駐車している写真を見て、こんなスペースが芝居小屋の隣にあるなんて! とつくずく思う。
元太は僕の運転をほめたけれど、僕は決して運転はうまくはない。今だって、運転することは怖い。
ただ、心がけていることはある。
それは、劇団に入ってトラックやバスを運 転をするようになった時、言われたことだ。
「運転は意識的にやれ。芝居と一緒だ。」
「隣に乗っている人の頭が揺れないようにアクセル、ブレーキ、ハンドルを操作しろ。」
それを今も「心がけている」というのはある。
進んだり、止まったり、曲がったり、車線を移る時、車は揺れる。
人も揺れる。
それをなるべく少なくする。
長い旅だから体への負担はなるべく減らしたいし、
その移動中は安心して休息にあてることが出来て、仮眠がとれて、読書もできて・・・というのが理想かな。
タイヤが地面の凹凸を拾ったときはしょうがないにしても、なるべく揺らさない。
高速道路の車線変更はウインカーの点滅9~13カウントくらいで移るとどうも体は揺れないみたい。
そして、体が負担を感じないスピード、かな。
元太のアップには小教室に飾ってある岡島さん(劇団の舞台美術家、故人)の絵もアップされてあった。
ああそうだ、あの絵を見ながら岡島さんも話してくれたんだ。
「シゲ、芝居っつうのはなあ、意識的にやらないとダメなんだよ。
なんでそういう風にやったか、ちゃんと説明できなきゃダメなんだよ。
あの絵は俺が書いたんだけど、なんでああいう風に書いた か、ちゃんとぜんぶ言えるんだぞ、俺は。」
しかし、これは岡島さんだけが言っていたことではない。
演出家の広渡さんもしょっちゅう言っていた。
よほど、なんとなくな芝居が多かったのか、ガミガミ言っていた。
「芝居は意識的にやるんだ!」 これも僕の心がけの一つだ。
芝居小屋はタッパがある。
そのタッパの先にキャットウォークという人が立って移動可能なスペースがある。
照明なんかはそこから吊り込むんだけれど、道具だってそこから吊ることもある。
『おじいちゃんの口笛』の初演の時、「ブラインドに表面に水を伝わらせる」というのがあった。
「フェードインの時はざあざあ降っていて、それがだんだんと水量が減っていき、そして止む。」
というのが演出の広渡さんのイメージだった。
さて、どうするよ! と舞監のウッシーを交えて相談し、
細かい穴を開けた塩ビ管を吊って、
塩ビ管を回転させて、水の出加減は手動で調節できるようにした。
そこからブラインドに水を垂らす。
「ウッシー、あれ、どうなった!」と大きな声がする。
「シゲっ・・・?」 「ええ?(まだ、接着剤が乾いてないよう。)
・・・ああ、出来ましたが・・・あのお・・・い や、今出します!」
で、出してみたのさ。
塩ビ管の穴からブラインドまでの水のガイドとしてくっつけた5センチくら いのビニールの棒のようなものがまだ接着しておらず、
水を出したらポロポロ取れちゃって・・・ 失敗。
あーあ、皆の落胆ときたら・・・。
「なんだ!出来てないじゃねーか!」
「いつ出来んだよ!」
「今、やれ!」
演出家の怒号が飛ぶ。
で、稽古そっちのけでその製作になる。
キャットウォークまで何遍も往復するものの、結局その日はうまくいかず、
それからの日々は他の作り物も含めて、帰宅は午前様。
結局完成したのは、ゲ ネの時だった。
キャットウォークに登ってスタンバイ。
きっかけのちょい前に塩ビ管を回す。
水がブラインドを 打つ音がする。
ざあざあじゃなくて、さらさらと。
これならセリフも聞こえるだろう。
しぶきも 跳ねている。
しばらくして塩ビ管を半分ほど戻す。
雨は小降りになる。
塩ビ管を完全に戻す。
雨が 止む。
ブラインドには雨の雫がいく筋も伝っている。
「雨が上がったわ。」 とトーラさんが言う。
人生の最後、ニルスさんの心にキラリと「生きる」という喜びが宿ったかのようだった。
広渡が言った。
「いいねえ!・・・ざまあみろ。」 (・・・いや、それは俺のセリフだろ?)
元太が言うように、僕たちは演劇という営為を劇団員が分担しながら作り出しています。
それは 先達が夢見た「バラバラにされた個人ではなくて、人の集まりを作ること」だったと思います。
移転先は、今ほどの環境は望めないかもしれません。
でも、「Less is more(少ないことはより以上なんだ)」の精神で、またやって行こうじゃないかと思います。
これまで多くの方々が応援してくださったり、ご賛同くださいました。
心より感謝申し上げます。
誠に手前勝手なことではございますが、今後とも応援をお願いいたします。
2018年10月10日
松下重人