朝日新聞 (社説)天皇即位儀式 憲法の理念に忠実に 2018年2月16日05時00分
「昭和から平成への先例を踏まえ、憲法に整合し、皇室の伝統に即したものにするとの方針に異論はない」
「その中で最も重視すべきは憲法との関係である。改めて言うまでもない」
となると、「その中で最も重視すべきは憲法との関係である」が、それは他の価値を一切消滅させるものではない。前段にある「皇室の伝統に即したものにするとの方針に異論はない」というので、皇室伝統も当然重視するべき要素である(朝日新聞的には、「最も」ではなくとも)。
懸念するのは「存廃どちらでも人びとの生活に影響はない。問題は、意味を失った規定を整理するという合理的な考えが退けられ、典範に手をつけるのは冒涜(ぼうとく)・不敬だとする言動がまかり通ることだ」のあたりで、「意味を失った規定を整理するという合理的な考え」からすると―
―朝日新聞は「時代にふさわしい姿を再検討し、考えを国民に丁寧に説明しなければならない」と消費者に迫られつつあることを想起してしまう。
即位式について「安易に踏襲することなく、儀式の内容を一つ一つ点検する姿勢が肝要だ」というが、個々の報道についてさえ先例を「安易に踏襲することなく」「内容を一つ一つ点検する姿勢」が問われているのだろう。
これこそ朝日新聞的に重大な問題である。皇室があろうがなかろうが、報道機関自体は必要でありつづける。しかし今後残るべき報道機関のひとつとして朝日新聞が選ばれ続けるかどうかは、まさしく日々問われることだろう…そして朝日新聞社の存廃はその社員にとって死活的問題ではなかろうか。
まあ、そうそう簡単につぶれはしないから、フリーライダーやっていくのも個人の戦略としてありだが。それは一定年齢以上のひとにしか合理的でなく、若手からのつきあげは今後不安要素になるんじゃないのかなあと思っている。
「昭和から平成への先例を踏まえ、憲法に整合し、皇室の伝統に即したものにするとの方針に異論はない」
「その中で最も重視すべきは憲法との関係である。改めて言うまでもない」
となると、「その中で最も重視すべきは憲法との関係である」が、それは他の価値を一切消滅させるものではない。前段にある「皇室の伝統に即したものにするとの方針に異論はない」というので、皇室伝統も当然重視するべき要素である(朝日新聞的には、「最も」ではなくとも)。
懸念するのは「存廃どちらでも人びとの生活に影響はない。問題は、意味を失った規定を整理するという合理的な考えが退けられ、典範に手をつけるのは冒涜(ぼうとく)・不敬だとする言動がまかり通ることだ」のあたりで、「意味を失った規定を整理するという合理的な考え」からすると―
こういう風に権力を「悪」と無条件に決めつけて「反権力なオレが正義」という朝日の論法は時代遅れでもう読者からも自ら語る言葉がないから反権力に走ってることが見透かされてる。
— 宇佐美典也 (@usaminoriya) 2018年2月15日
だから部数下落が止まらないし、アンチが増える一方。 https://t.co/WsYz7XUybb
―朝日新聞は「時代にふさわしい姿を再検討し、考えを国民に丁寧に説明しなければならない」と消費者に迫られつつあることを想起してしまう。
即位式について「安易に踏襲することなく、儀式の内容を一つ一つ点検する姿勢が肝要だ」というが、個々の報道についてさえ先例を「安易に踏襲することなく」「内容を一つ一つ点検する姿勢」が問われているのだろう。
これこそ朝日新聞的に重大な問題である。皇室があろうがなかろうが、報道機関自体は必要でありつづける。しかし今後残るべき報道機関のひとつとして朝日新聞が選ばれ続けるかどうかは、まさしく日々問われることだろう…そして朝日新聞社の存廃はその社員にとって死活的問題ではなかろうか。
まあ、そうそう簡単につぶれはしないから、フリーライダーやっていくのも個人の戦略としてありだが。それは一定年齢以上のひとにしか合理的でなく、若手からのつきあげは今後不安要素になるんじゃないのかなあと思っている。
しかし
「裁判にならず、最高裁の見解が示されていないものもある。例えばいわゆる三種の神器のうちの剣と璽(じ)(勾玉〈まがたま〉)が、公務に使う印鑑の御璽(ぎょじ)・国璽(こくじ)とともに新天皇に引き継がれる儀式」
のように、これから裁判で問うべきものがある…とする。
「この儀式に立ち会った皇族は男性だけで、美智子さまをはじめ女性は排除された」
男女平等の観点から問題だよね、と仄めかす。
とりあえず大相撲あたりで戦いを貫徹しましょうか、という気も。
宗教的要素は日常生活にわりとしみこんでいたりするので、悉く敵視するのは割と難。民主主義国家を契約で作るんだ…という理念に原理主義的に従えば、まあよくないなあとも思うが、この点、先輩様の米国だって大統領宣誓にキリスト教の聖書を使ったりだれそれがつかった聖書を持ち出したり…で権威と伝統と宗教とを使っていたりするらしく。否定しかねる要素ですよねえ、と思う。
…ここまでくると重箱のすみをつつくの類かと。
「18歳成人」はまだ成立していない―というわけで、特例規定は現に一応必要なのだろう。民法上の規定が改定されたあと、それが皇族に直接適用されるかどうか、天皇・皇太子についてどう適用されるかは、まあ(民法の精神を尊重しつつ)別個に定めて悪いこともない。
「問題は、意味を失った規定を整理するという合理的な考えが退けられ、典範に手をつけるのは冒涜(ぼうとく)・不敬だとする言動がまかり通ることだ」
…そんなにまかり通っているのか。いや、もしかして、これも有用な論点ではあるが不急の論点だったりしないか、と疑わしく思えてしまう。
これでは、自分が意味を見つけられなかったことを「意味を失った」と決めつけ、それを取り去ることを「合理的」として議論の余地すら無いとみなす誰かさんと同じです。
結局、今現に「現代」がどうあるのか、どういう「現代」があるべきなのか、その提示を完全に欠いている。
「慣例に無批判に従う不合理な行動を改めよ」という抽象的なメッセージを読み取ることは不可能ではないが、なら「美智子さまをはじめ」がおかしい。天皇はじめ皇族諸氏もまとめて四民平等のはずなのだ、それこそ「憲法の原則や理念」なのだ…と言いたいだろうところ、「さま」はないわー、ということになるだろうし。