今、私が読んでいる新聞の小説に「劉邦」が連載されています。
昔、司馬遼太郎の「項羽と劉邦」や、漫画で本宮ひろしの「赤龍王」、石ノ森章太郎の「項羽と劉邦」などを読んでいたので、毎朝、新聞を開くのが楽しみです。劉邦のライバルである項羽が詠んだ漢詩「垓下歌」は、高校の漢文の教科書にも載るなど、広く知られています。
力抜山兮氣蓋世 力は山を抜き 気は世をおおう
時不利兮騅不逝 時に利あらず 騅ゆかず
騅不逝兮可奈何 騅のゆかざる いかんすべき
虞兮虞兮奈若何 虞や虞や 若(なんじ)をいかんせん
(「垓下歌」)
さて、「山抜かんとて持つ力、世を覆わんとて抱く意気」ではじまる「南に遠く」の3番は、項羽の「力抜レ山兮氣蓋レ世」を踏まえたもので、作詞者である園田卯吉氏の漢文に対する造詣の深さがにじみ出ています。
(三) 山抜かんとて持つ力
世を覆はんとて抱く意気
生火となりて血は湧けど
「三年不レ飛ハ又不レ鳴カ」
雲雨を待ちて筑紫野の
月を仰ぎて觴咏す
「三年不レ飛ハ又不レ鳴カ」は、「史記 楚世家」の「楚の荘王が三年間酒色に耽って政治を顧みないのを臣下が諫めると、王は『飛べば天まで上がり、鳴けば必ず人を驚かすだろう』と答えた」という故事から、実力のあるものが、それを発揮する機会をじっと待っていることのたとえだそうで、そのまま原文を引用されています。「雲雨」は、力量を発揮する機会、「觴咏」の「觴」は杯で、酒を飲みながら詩歌を吟ずることと、調べれば調べるほど、初代生駒校長が作詞者の園田氏の才能を絶賛されたのがよく分かります。(続く)
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