「御母衣ダム」によってつくられた御母衣湖畔の展望台に立つ、江戸(あずま)彼岸桜2本の巨桜「荘川桜(しょうかわざくら)」。樹齢500余年といわれる二本の桜は、いまは湖底に沈む照蓮寺と光輪寺の境内にあったものです。
「なんか凄そうだけど・・・でも葉桜じゃないか!」と思っているそこのアナタ😠!。実は私も同じ事を思っているので、パンフレットからの転載画像でその美しい姿をチラッとお目にかけましょう。どうです!この見事な美しさ・・・まさに日本を代表するに相応しい佇まいではありませんか!!
樹高約20m、幹囲目通り約6m、この巨桜が今この地にあるのは、ダムを建設した電源開発株式会社(Jパワー)の初代総裁『高碕達之助』の発案により、同社によって移植されたからだそうです。老巨桜の移植と言う前代未聞のプロジェクト、その壮大な物語は多くのメディアにも取り上げられました。 『高碕達之助』が詠んだ歌碑が、御母衣湖畔に建立されています。
【 ふるさとは 水底となりつ うつし来し この老桜 咲けとこしえに 】
また、「故:高崎達之助翁と荘川桜」と題された碑には「かって高崎翁が光輪寺に老桜を訪れたとき、慈愛に満ちた口調で語った言葉は、その時 翁に従っていた者にいつまでも深い感動を与えた。「進歩の名のもとに、古き姿は次第に失われてゆく。だが人の力で救えるものは、何とかして残してゆきたい。古きものは古きがゆえに尊いものである。」と刻まれています。
もう一基、『佐佐木信綱』の読み上げた歌には、湖底に沈む村への限りない慈しみが溢れているようで、胸に迫るものがあります。
【 すすみゆく 御世のしるしとうもれても 荘白川の 名をとこしえに 】
湖底に眠る祖先の霊を慰めるために、湖底の方を向いた姿で建立されたという浄土真宗の僧侶『嘉念坊善俊:合掌像』。 親鸞の直弟子で、白川郷に浄土真宗を広めた人物として知られ、今も白川村には彼の墓が存在しています。
訪問日:2012年5月19日