長生村一松丙に門を構える「一松山:本興寺(いっしょうざん:ほんこうじ)」。「本門八品上行所伝(ほんもんはっぽんじょうぎょうしょでん)・南無妙法蓮華経」を本尊とします。 難しい言葉ですが、「本門八品上行所伝」と言うのは、本来の宗祖のお題目である事を明確にする為の但し書きの意味だと、教授いただきました。
「当地域は元々真言宗であったと伝えられていますが、大本山鷲山寺第八世『日幡(にちばん)上人』の折伏により、永正十五年(1518)四月二十八日、法華宗に帰信し一カ寺を建立、一松山本興寺と称す。当山より南方に向かい、蓮華院・久成院・雲照坊・常住坊・善立坊・慈雲坊の六坊がありましたが、現存するのは蓮華院・久成院の二院のみである。」
現在の本堂は昭和八年(1933)の建立。お寺の本堂としては珍しい、奥行のある合掌造りとなっています。かってはここで寺子屋が開かれていたとか、そう言われれば何となく納得できる佇まいです。
特定の宗派も持たず、特に信心深くも無い私たちがここに来たのは、実は、ある「碑」を見せて頂く為でした。 元禄16年(1703)11月23日深夜2時、房総半島南端、千葉県の野島崎付近を震源地として、マグニチュード7.9から8.5と推定される巨大地震が関東地方を襲いました。この地震によって相模灘から房総半島は津波の被害に見舞われ、九十九里浜では海岸から5Km程度内陸まで到達。現在の白子町では1000人、長生村では900人を越える犠牲者があったと伝えられています。 その津波の犠牲となった長生村の人たちの供養碑が、本興寺あると知りました。 決して興味本位ではないとは言え、宗派も無い私たちが訪ねるのはどうなのか・・・迷いもありました。 それでも、見えない力につき動かされるような気持ちで、早朝の本興寺墓地にお参りさせて頂きました。
「津波供養碑」は、総高124㎝、幅50㎝、厚さ21㎝とかなり大きく、頭部は山型とした代表的な板状供養碑。一松卿初崎村浦の名主『東条市郎右衛門』が、一族の水死者の冥福を祈って建立したもの、碑には多くの子供を含む十八人の法名が刻まれ、また碑の裏には、津波の状況が刻されているとあります。 案内に記された文字を読み進むうちに、合わせた手が振るえ、文字はにじんでそれ以上読めなくなりました。そこに刻まれた言葉は、まさしく血を吐くような・・・あまりにも辛く痛ましい事実。
「維元禄十六年十一月二十二日夜、当国一松において大地震あり、尋いで大波揚る。 嗚呼天なるか。民屋流され、牛馬斃亡す。人は幾千萬たるを知らず・・・。」
固く閉じた目の奥に、真っ暗な波に呑まれる幼子の手が浮かび、その手を必死に捉えようともがく母の手が見えます。波は無慈悲に親子を引き裂き、夫婦を引き裂き、兄弟・姉妹を引き裂き・・・・・
思わず目を閉じ、浮かんできた強い悲しみを振り払うように、握り締めた手をゆっくりと開き・・ そしてもう一度手を合わせ、ただただ、御霊たちの安らかである事を祈って頭を垂れました。
そんな時、笑顔がきれいな剃髪の青年(後に副住職様と知りました)にお声をかけられました。 ここにきた経緯を尋ねられ、私達が津波被害者の縁者で無い事を知ると、本堂須弥壇に安置されている「元禄津波水死者大位牌」の前に、案内して下さったのです。
美しい香華の向こうには、約七百名の法号(戒名)を全て刻んだ三枚重ねの大位牌がありました。 その巨大さこそが、犠牲になられた人々の数だけの無念さであることが胸に突き刺さります。 頭をたれ瞑目する額に、かすかな炎のゆらぎが感じられました。
お参りの後には大奥様も交えてのご接待を頂き、また元禄津波の詳しいお話も伺う事ができました。何よりも温かく感じたのは、お話が過去の悲しみだけでなく、副住職様がお婿様である事や、それにまつわる思わずクスッと笑うエピソードなどをお話して下さった事。しかも宗派を持たない事に一切触れず、ただ親切に優しく温かく接して頂いた事。こんなにも温かい御接待を頂いた事、生涯忘れる事はありません🙏🙏
今から316年前、この村を襲った大津波は多くの人々の命を奪い、その惨状は目を覆うものであったこと。 被害はこの長生村だけではなく、太平洋側に面した日本の各所に及んだとこと。 さらに厳寒の真夜中、津波から奇跡的に生還したものに襲いかかったのは、凍死という残酷さ・・ 打ち上げられた死者には、生きる手立てを知らぬ幼子、それを追った女たちの姿が多くあったとも・・ 今に生きる私にできる事は、失われた多くの命の・・今は安らかであるようにと、手を合わせる事だけです。
参拝日:2019年3月9日
文中に使用させていただいた大位牌の画像は、副住職様より頂いた冊子からお借りしました。 記録として淡々と記された内容であるにもかかわらず、いつも途中で胸が詰まって読み進めなくなります(合掌)
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