伊予鉄道:路面電車の駅で、道後温泉の最寄駅となる「道後温泉駅&坊ちゃん電車」
路上絵のように両方は写せませんが、しっとりと雨にぬれた道後温泉の駅舎。駅舎は明治44年(1911)に建築された旧駅舎の外観を損なわないように復元されたもの。で、その同じ駅舎も・・・
青空の下だと・・・こんなに晴々、いや晴れてるんですけど😆
時間が合えば「坊っちゃん列車」を見る事も出来たのに、タイミングがずれて空振り・・・それ、雨とか関係ないんじゃ?・・・?。
でもお天気が良いと~「坊っちゃん列車」は待機場所で私たちを待ってくれているし、写真を撮っていたら手まで振ってくれました。
商店街では浴衣姿の観光客がいたりして、ああ、温泉街に来たんだなと実感。その事が妙にくすぐったいような嬉しさを感じさせるのも、やっぱり旅の魔法。
商店街から西にのびる「熱田津(にきたつ)の道」は、道沿いに小川が流れる、風情のある通り。雨の所為で若干足元が悪いのですが、ここでは雨も情緒を増す小道具となります。熱田津の名称は、「額田王」が詠んだ【熟田津に 舟乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな】に由来しているとか。
雨の中でちらっと見かけた「松山東雲学園」の表門。明治19年に『二宮邦次郎牧師』により、「私立松山女学校」として創立されたものだそうです。
中世の伊予国守護河野氏の居城で、地形を利用して作られた平山城跡に作られた「国史跡:湯築城跡」
二重の堀と土塁を設け、城内に居住区も有するという近世城郭の構造を、安土城より40年も早く築き上げていた湯築城。戦国時代中頃の大規模な堀や土塁が良好に残る稀な遺構として歴史的価値も非常に高く、日本百名城に選定。
現在は、忠実に復元された武家屋敷や資料館が整備され、自由に見学することが出来ます。館内には当時の生活を思わせる模擬展示、文献等も併せて公開されており充分に楽しむことが出来ました。 こうしてみると、本当に合理的に暮らしていたのだなと先人たちの知恵に学ぶことも一杯。
道後の町歩き、ラストは、偶然見つけた句碑の紹介😊。
放生園 【伊予とまうす 国あたたかに いで湯わく】森盲天外
同じく放生園【春風や ふね伊豫に寄りて 道後の湯】 柳原極堂
建立場所不明【雨降りや お湯に通う 宿の傘】作者不明
道後公園北口【ふゆ枯や 鏡にうつる 雲の影】正岡子規 【半鐘と 並んで高き 冬木哉】夏目漱石
道後公園北口【寝ころんで 蝶泊らせる 外湯哉】小林一茶
訪問日:2011年6月12日&2013年3月28日
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