天領江津甍街道のスタート地点から中川沿いに町を抜けて、江の川の岸辺まで歩いてきました。 見上げた先にあるのは「三江(さんこう)線」の鉄橋。あわよくば電車が来ないかと期待し、撮影ポイントを定めて暫く待ったのですが、世の中そんなに甘くないようです(笑)
その後2018年3月に廃止が決まったとか。時々目にする観光ポスターに登場していた、おだやかな車窓風景がまた一つ消えていったのかと思うと、少し切ない気持ちになります。
本町の豪商・飯田家の別邸だった「二楽閣(じらっかく)跡」。2011年は歩き過ぎてちょっとばかり駄々をこね始めた足に遠慮して断念した石段。
2019年の街歩きでは、多分これが最後という思いもあって上まで。それにしても随分と綺麗に整備されて、なんだか違う場所に来たみたい(^^;)
ここからだと「三江(さんこう)線」の線路が下に見えるんだね。もうどんなに待っても電車の姿は見られないけれど・・
街道歩きの帰路で、思いもかけずにこんなに素敵な建物に出会いました。
昭和12年(1937)に建てられた「花田医院」。
「本町通り西側に占める敷地に建つ。T字型に落棟を付ける寄棟造の木造2階建を中心に、その正面に入母屋造の玄関、その南側直角に半切妻造で洋風意匠になる診療所、背面に半切妻造の台所などを付設する。複雑な構成になる建物で、カーキ色の石州瓦が印象的。」文化遺産オンラインより
2011年の街歩き、石段の上に見えた細工瓦に惹かれ、立ち寄らせて頂いた、臨済宗東福寺派寺院「観音寺」。
山門の「鴟尾(しび)」は菊花で象られています。
さらに留め蓋には、俵に乗ったネズミ、もちろんこれもきちんと阿吽の一対。
珍しい細工瓦に夢中になっていた私達に、突然、本堂からお声がかかりビックリ! もしかして無遠慮過ぎたのかと恐縮していると、優しくお接待のお誘いをいただきました。見知らぬ旅の者に温かいもてなしを頂き、どれほど感激したか・・今も忘れがたい思い出です。
大森銀山に次ぐ北前船の寄港地として栄華を誇った天領の町、その面影は至るところに残されています。白壁のまぶしさ、黒板塀の重厚さ、石州瓦の鮮やかさ、そして江の川の、きらめく水の流れ。町歩きの素晴らしさは、まさに歩いてこそ実感でき、心に残る記憶もより鮮明になるのです。
明日は、スタート地点の奥に鎮座される、「山辺(やまのべ)神宮」の紹介です。
訪問日:2011年5月15日&2019年4月16日
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