車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

御前(おんざき)神社 in 岡山県高梁市御前

2022年01月22日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・岡山県

高梁市御前町に鎮座される「御前(おんざき)神社」。御祭神は吉備津神社に祀られる『丑寅御前(うしとらみさき)』と思われますが、確証はありません。

由緒「第四十九代光仁天皇の宝亀五年八月、吉備真備公が賀陽郡二位山岩屋から備中松山泉岡に遷座したのが本神社の創建である。爾後秋葉三郎重信が松山城主となり、一国一城の総鎮守として崇敬した。元和三年九月池田長幸が再建。天保十年二月火災により炎上、弘化二年板倉勝職が再建。慶応二年に類焼、明治十四年再建した。昭和二十一年二月郷社に列せられた。」岡山神社庁HPより

二の鳥居、鳥居の奥、両側に見える末社のような建物は、いわゆる随神舎のようです。

二の鳥居に廻らされた玉垣、傍らには 「播州赤穂藩士:寄進」の駒札

参道を真っ直ぐに拝殿、

拝殿内より神域を守護される随神様、置かれている場所の加減だったのかどうか、画像に残っているのは右大臣のみ。

随神様と同じ場所にあって神域を守護されるのは、木製の神殿狛犬さん一対。どれほどの時間が流れたのか分かりませんが、多分吽形さんは鮮やかな碧に彩色されていたと思われます。でも正直な話・・出来れば夜には出会いたくないお顔😱

拝殿前左右より神域を守護されるのは、石工:『近江邑 長蔵』弘化3年(1846)5月建立の狛犬さん一対。表情が八重籬神社の狛犬さんと似通っており、同じ石工さんの手になるものかと思うも・・確証はありません。

恒例の留め蓋の飾り瓦は、元気に飛び跳ねる獅子一対。ここでも真夏の日差しに邪魔されて、同じ方向からの画像です。

御崎神社の参道に建てられた木造の鐘撞堂。慶安四年(1651)に藩主:水谷勝隆が城下の民に十二時候を教えるため、矢掛の冶工:高草彦之丞に鋳造させ建立。鐘撞堂の南隣には、一棟長屋があり、吉岡浅五郎・藤本又兵衛・木口庄助などの報時を担当していた武士の名が見られる事から、責任のある重職だったと思われます。時鐘は第二次世界大戦の折に放出され現在は鐘撞堂のみが残されています。

参拝日:2010年8月11日


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