下関市南部町、海の見えるポケットパークの一画に「捕鯨船第二十五利丸のモニュメント」。写真付き案内に経緯が紹介されていますが、長文なので要点のみ抜粋。
「第二十五利丸は、旧大洋漁業株式会社(現 マルハニチロKK)の捕鯨船として昭和37年(1962)に建造。~中略~ 2002年9月に捕鯨船としての役割を終え、同年12月に下関市に寄贈。2005年から下関漁港関門近くに係留・展示し、一般公開を行いましたが老朽化の為、船に備え付けられていた、捕鯨砲、プロペラ、錨(アンカー)及び風向風速計をここに設置しその功績を顕彰する・・」
モニュメントの近くに聳えるという言い方がしっくりくる「海峡交番」。じつはご当地交番って意外と楽しい建物が多いのですが、ここもその例にもれず中々ユニークです。
下関市あるかぽーとにある「はいからっと横丁」、大きな観覧車がある入園無料の遊園地として市民の憩いの場になっています。(2023年10月をもって閉園)
その一画で見つけた二階建ての赤いロンドンバス。
基本的にバスは苦手ですが、洒落たバスを見るのは好き(笑)。観覧車とロンドンバスを背景にJさんとツーショット。
「市立しものせき水族館:海響館」。物凄く時間に余裕があったら入ってみたいけど・・この行程ではまぁ無理(^^;)
ここから9号線を跨いで涼し気な一画は「寿公園」。奥まった場所に、休憩場所を兼ねた「金子みすゞ顕著碑」があります。20歳のみすゞ、物静かで考え深そうな面差しの美しい肖像です。
唐戸地区に点在するゆかりの場所には「金子みすゞ詩碑」が設置。と言っても私が見つけたのは「日の光」の一基だけ。おてんとさまのお使ひが 揃って空をたちました・・・・・
カモンワーフの一画に「堂崎の渡し場跡」。「山陽道はここで終わり 関門海峡を渡って九州へと続いていました。ここは、日本で初めてキリスト教と西洋文化を伝えた宣教師フランシスコ・ザビエルや、吉田松陰、高杉晋作らが、この渡し場の石段を踏みしめて、歴史の1ページを書き加えていったのです。」碑文より抜粋
振り向いた先に飛び込んでくる建造物は「海響ゆめタワー」。高い所が苦手な私は「ふ~~~ん」。高いところ大好きなJさんは「ハァ~~~💗」
2015年、かって山陽度の起点であったこの地に一里塚跡を示す記念碑が建てられました。「安芸境小瀬川より三十六里 山陽道 起終点一里塚跡 赤間ヶ関街道 萩より十九里」。のちに唐戸に九州への渡海の関所(堂崎の渡し)があ ったことから、亀山八幡宮の下に「山陽道」碑ができました。
という事で、亀山八幡宮鳥居の足元に「山陽道」碑。山陽道終点を示す碑で、明治11年に建立。長門国志に「ここは山陽道の起点 九州渡航の起地なり。山陽道第一塚なり」
まだまだ続くコース無視の二度に渡る下関市内あれやこれ、続きは明日のブログで
訪問日:2012年11月15日&2017年12月3日
はいからっと横丁
入園無料だなんて嬉しいですね。
子育て家族にはこうして遊び場があると
本当に嬉しいけど残念ながら昨年で閉園ですか。
悲しいですね
経営が成り立たなくなって
いくんでしょうね
寂しい事です