青じそは、大葉とも呼ばれていて多くの料理や薬味に使われ、独特の香りが食欲をそそるハーブです。特に夏には欠かせません。スーパーなどで安く買えますが、少しの株があれば新鮮なものをいつでも使うことができ重宝します。我が家では今年から鉢植えにして育てています。
昨年までは、庭先の花壇でこぼれ種が生えて育っていました。
しかし、虫に食べられ傷だらけとなっていました。鉢植えで管理すると、こんなにきれいです。
こぼれ種から芽が出たもの5~6本を集めて植えているものです。大株に育っています。
既にたくさん切り取って食しています。葉をとれば、どんどん新しい葉が出てきます。
真夏は、どんどん成長します。水を切らさないように朝夕たっぷり与えています。
ときに薄い液肥を与えています。
日当たりと風通しのよい、ちょっと高いところに置いています。
緑が濃くてきれいです。花が咲けば立派な鉢花になるのではないかと思います。
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昨日、ゴッホ展開催記念国際シンポジウムへ向かう途中、時間に余裕があったので、久しぶりにゆっくりと原爆ドームの周辺を歩いてきました。間もなくまた8月6日がやってきます。
今では世界遺産(文化遺産)に登録されています。
現在、壁の一部を抜き取る耐震調査がなされていました。(後方に足場が写っています)
いつまでも、後世に残してもらいたいものです。
キョウチクトウがきれいでした。 今では、高いビルに囲まれています。
平和公園は立派な森になっています。 平和の鐘の周囲の池に咲いていました。
1歳2ヶ月余だった私は、母とともに母の実家に疎開していて、原爆から免れました。
しかし、代わって家を守っていてくれていた母の弟が若くして亡くなったそうです。
8月6日には、またお参りに行くつもりです。
今日は父のお墓参りとゆかりのある空鞘神社にお参りに行ってきました。
父は、昭和20年7月22日、ルソン島の山中(キアンガン)で戦死したとのことです。
出兵するまでは、空鞘町(現本川町3丁目)に住んでいて、私もそこで生まれたそうです。
神社のすぐ裏手辺りだったそうです。
中区中島町の西應寺に眠っています。右隣は被爆墓石のようです。
父は出兵するまで、この神社の裏手辺りに住んでいたそうです。
私はそこで生まれ、私の名前は、当時の神主さんに付けていただいたとのことです。
私は、父の魂は絶対にここに帰ってきていると思っています。
境内には「幸神社」という摂(末)社があります。
私や家族が何とか元気で過ごすことができているのは、ここの神社のお陰のようです。