守田です(20221223 23:30)
● 人々が自由を差し出すこの現実!に対して
メインでもサブでも、なかなかチャレンジングなタイトルを頂いての講演で、頭を捻って搾りだし、お話しました。
コロナについて、ウクライナについて思うところを述べてから、今のこの状況の中で何に展望を見いだしたら良いか、文化の可能性をどう考えるか語りました。
ともあれぜひ動画をご覧下さい。
● コロナについての不穏な動きを振り返る
コロナについて、僕は一部の方たちが言うように「フェイクだ」とは思っていません。危険性を伴う感染症だと思っています。
でも当初からあまりに実態を越えて、不穏に危険性を煽る動きや人々がいました。その中には原子力マフィアに連なる人々もいました。
残念ながら政府を批判する人たちの多くが、その動きを見抜けませんでした。その点を改めて振り返りました。
● ウクライナ戦争について振り返る
ウクライナ戦争についても似たようなことが言えます。僕はウクライナに侵攻したロシアに非があると思っています。
しかしあまりにロシア悪一辺倒が煽られました。その中に、実は戦争準備を用意周到に進めてきた英米やNATOーゼレンスキー政権もいました。それにも非があるのではないか。
またどちらが正義であっても、その一方についたら戦争反対とは言えない点も大事。これらのことを話しました。
● 文化に何ができるか
それを踏まえて、では文化に何ができるのかを話しました。『逝きし世の面影』という本から資本主義以前の日本の豊かさを紹介しました。
その上で、捉え返すべきは近代社会ー資本主義の暴力性なのではないか。そして時間の支配と中央集権の体系が資本主義であるとは言えないかと提起しました。
資本主義から取り戻すべきは、社会的共通資本と人々の主体性なのです。だから人間の能動性を問う文化活動を、大胆に、大らかに!と提案しました。
ぜひご覧になって下さい。そうしてご意見を下さい。
みんなでさらに論議していきましょう。
写真はすべて守田講演スライドより
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