昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(三百五)

2023-01-10 08:00:11 | 物語り

「いえ、あの、それは、でもそれは、、」と、しどろもどろになってしまった。
まさか小夜子に叱られるとは思ってもいなかった竹田だった。
勝子にしてもそうだ。竹田の口が過ぎていると思いつつも、帰る度に聞かされる説教話には辟易していた。
言い返したいとは思うものの、元をたどれば勝子の病の平癒祈願からはじまったことだ。
どうにも母親には、逆らえなかった。
そして母親といえば、複雑な思いでいた。
味方をしてくれる小夜子に感謝をせねばと思いつつも、我が子を頭ごなしに叱りつける小夜子に複雑な思いも抱いている。
“女ごときに! 小娘こどきに!”という思いもわいてくる。

「小夜子奥さま、小夜子奥さま。もう結構でございます。
勝利も悪気があってのことではございません。
大恩ある小夜子奥さまを見ましたから、怒ったのでございます。
ささ、おはしを進めてください。お食事にお呼びしたのに、とんだことになってしまいました」
 もうこの話は終わりだとばかりに満面に笑みを浮かべて、はしを動かすようにすすめた。
「母さん。小夜子奥さまは、もう社長の奥さまになられたんだ。
昔のことなんかほじくり返しちゃだめなんだ」。
小夜子に叱られたことが強くこたえている竹田で、どうしても己の真意をつたえたいとばかりに、母親の意向を無視してしまう竹田だった。

「いいのよ、竹田」。
小夜子にしても、このまま終わってしまうことには釈然としない思いがある。
聞かされただけで終わってしまっては、小夜子の面目がたたないと思っている。
「良いお話だったじゃない。それで得心がいったわ。
あれほどに固いお約束を交わしたはずの正三さんの心変わりが。
やっぱりご本人の意思ではなく、まわりの説得だったのね。
それに抗じ切れなかったのね、正三さん。そこまでの人だったのよ。
本当にむすばれる運命だったのなら、そんな呪縛もふりほどいてあたしを迎えにきてくれたでしょうよ」

 突如竹田の母の手を握り
「お母さん、ありがとう。これですっきりしました。
モヤモヤが少しあったけれど、もうすっかり取れました。
もうこれで、正三さんを思い出すこともないでしょう」と、晴れ晴れとした表情を見せた。
「ええ、ええ」と、満足げに頷く竹田の母。小夜子の穏やかな顔に、とりあえず安堵する竹田。かやの外に置いてけぼりの観があった勝子だが、輝くばかりの小夜子をまぶしく感じた。
「決めた。あたし、小夜子さんを見習うわ。小夜子さんのように、強く生きるわ。
小夜子さんのように、新しい女で生きるわ。一度きりの人生ですもの、後悔したくないわ」
 すっくと立ち上がると、「竹田勝子の、宣言です!」と、運動会における選手宣誓をまねて声を張り上げた。



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