小夜子の初お目見えに、店内は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。
ある者は絶叫し、ある者は万歳をし、また中には泣き出す者も居た。
「見えたぞー! 奥さまが見えたぞー!」
「ばんざーい! 社長ー、ばんざーい!」
「ああぁ、シャチョー! いや、もう!」
奥の事務室から、どっと出てくる。そして、皆口々に囃す。
「かわいぃぃ! お人形さんみたいぃぃ!」
「素敵いぃ!やっぱり、お姫さまだわ!」
「そうよ、そうよ。富士商会のおひめさまよ!」
顔を真っ赤にして、武蔵の背に顔を隠す小夜子。
まさかこれ程に歓待されるとは、思いも寄らぬことだ。
武蔵の妻としての小夜子だ、拍手ぐらいはあるだろうと思ってはいた。
しかし、この歓声。武蔵の背から降りた小夜子。ぴったりと背に張り付いて、顔を隠している。
「ほら、みんなに挨拶しろ。みんな、待ってるぞ」
武蔵に急かされて、おずおずと背から顔を出した。
「奥さま、お待ちしていました」と、花束が贈られる。
顔を真っ赤にしながら、それを受け取った。
かつての小夜子なら、至極当然のことと傲慢に受け取った。
いやそのように振舞った。“弱みを見せたらだめ!”。そ
の思いが、小夜子をして傲慢な態度を取らせていた。
しかし今、小夜子を敵視する者は居ない。小夜子を見下す者も、勿論居ない。
どころか、心底から小夜子を歓迎している。
「うっ、うっ、ううぅ」。思わずむせび泣く小夜子に、
「どうした、小夜子。見ろ、みんながお前を待ってたんだ」と、声をかける武蔵。
「がんばってください、奥さま」
最古参事務員の徳子が声をかけた。意外な言葉に、武蔵が驚いた。
五平は、ニヤニヤと笑っている。昨夜、五平と徳子の間で交わされたやりとり。武蔵は知る由もない。
一旦は会社を辞めた徳子だが―武蔵から離れた徳子だったが、五平に諭されてまた戻っていた。
「いいか。社長の愛人でいたかったら、よく考えることだ」
「どうしてあたしじゃ、ダメなの? いつかは奥さんにしてもらえるって、そう信じてきたのに」
「ふん。社長にそう言って貰えたのか? 」
「いえ、それは。でも、それを信じて縁談話も断ったし」
口を尖らせ小声で、口にした。
「おいおい。それを俺に言うのか? 俺が知らないとでも、思っているのか!」
ギロリと睨みつけられて、思わず目を伏せた。
「去年の春だ、お花見がてらのあれは、一体なんでしょうかね。
ええ、徳子さんよ。まあ、いい。どうせ、小夜子さんを見たら、お前さんも納得するさ」
奥の部屋から、隠れるように見ていた徳子。“アハハハ、話になんないわ”。
メラメラと燃えていた嫉妬の炎も、一気に消えた。
“ほんと、専務の言う通りだわ。まだ、ねんねじゃないの”。
敵愾心を抱いていた自分が、馬鹿らしくなった。
“社長は、お人形さまが欲しかったんだ”。
一気に全身の力が抜けていくように感じる。
未来の社長夫人なんだから、と肩肘を張っていた己が哀れに思えた。
決してミスを犯すまい、といつもピリピリと神経を尖らせていたこれまでの自分が哀れな女に思えた。
“もういい、どうでもいいわ!”。
険のある表情が見る見る和らいでいくのが、徳子自身に感じられた。
ある者は絶叫し、ある者は万歳をし、また中には泣き出す者も居た。
「見えたぞー! 奥さまが見えたぞー!」
「ばんざーい! 社長ー、ばんざーい!」
「ああぁ、シャチョー! いや、もう!」
奥の事務室から、どっと出てくる。そして、皆口々に囃す。
「かわいぃぃ! お人形さんみたいぃぃ!」
「素敵いぃ!やっぱり、お姫さまだわ!」
「そうよ、そうよ。富士商会のおひめさまよ!」
顔を真っ赤にして、武蔵の背に顔を隠す小夜子。
まさかこれ程に歓待されるとは、思いも寄らぬことだ。
武蔵の妻としての小夜子だ、拍手ぐらいはあるだろうと思ってはいた。
しかし、この歓声。武蔵の背から降りた小夜子。ぴったりと背に張り付いて、顔を隠している。
「ほら、みんなに挨拶しろ。みんな、待ってるぞ」
武蔵に急かされて、おずおずと背から顔を出した。
「奥さま、お待ちしていました」と、花束が贈られる。
顔を真っ赤にしながら、それを受け取った。
かつての小夜子なら、至極当然のことと傲慢に受け取った。
いやそのように振舞った。“弱みを見せたらだめ!”。そ
の思いが、小夜子をして傲慢な態度を取らせていた。
しかし今、小夜子を敵視する者は居ない。小夜子を見下す者も、勿論居ない。
どころか、心底から小夜子を歓迎している。
「うっ、うっ、ううぅ」。思わずむせび泣く小夜子に、
「どうした、小夜子。見ろ、みんながお前を待ってたんだ」と、声をかける武蔵。
「がんばってください、奥さま」
最古参事務員の徳子が声をかけた。意外な言葉に、武蔵が驚いた。
五平は、ニヤニヤと笑っている。昨夜、五平と徳子の間で交わされたやりとり。武蔵は知る由もない。
一旦は会社を辞めた徳子だが―武蔵から離れた徳子だったが、五平に諭されてまた戻っていた。
「いいか。社長の愛人でいたかったら、よく考えることだ」
「どうしてあたしじゃ、ダメなの? いつかは奥さんにしてもらえるって、そう信じてきたのに」
「ふん。社長にそう言って貰えたのか? 」
「いえ、それは。でも、それを信じて縁談話も断ったし」
口を尖らせ小声で、口にした。
「おいおい。それを俺に言うのか? 俺が知らないとでも、思っているのか!」
ギロリと睨みつけられて、思わず目を伏せた。
「去年の春だ、お花見がてらのあれは、一体なんでしょうかね。
ええ、徳子さんよ。まあ、いい。どうせ、小夜子さんを見たら、お前さんも納得するさ」
奥の部屋から、隠れるように見ていた徳子。“アハハハ、話になんないわ”。
メラメラと燃えていた嫉妬の炎も、一気に消えた。
“ほんと、専務の言う通りだわ。まだ、ねんねじゃないの”。
敵愾心を抱いていた自分が、馬鹿らしくなった。
“社長は、お人形さまが欲しかったんだ”。
一気に全身の力が抜けていくように感じる。
未来の社長夫人なんだから、と肩肘を張っていた己が哀れに思えた。
決してミスを犯すまい、といつもピリピリと神経を尖らせていたこれまでの自分が哀れな女に思えた。
“もういい、どうでもいいわ!”。
険のある表情が見る見る和らいでいくのが、徳子自身に感じられた。
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