「ですから、あたし、田中じゃありませんて。
ひと違いなんですよ。ホントですよ」
弱々しくか細い声になってしまった。
相手に聞こえているのかどうか…、自分自身にすら聞こえない声だった。
「いいんだよ! 名前なんか、どうでもいいんだよ!
お前が払ってくれさえすれば、それで万事めでたしめでたしなんだよ!
なあ、佐藤さんよ。いいかげん、往生しなよ。
俺だってさ、ヒマじゃないんだから。
まだあちこちに、電話しなくちゃいけないの。
佐藤さんよ、あんたも疲れたろ? ここらでさ、楽になろうや」
相変わらず、むちゃくちゃな論法で押してきた。
いつの間にか田中という名前が佐藤に変わってしまい、わたしではないことが明白となっているにも関わらず、わたしに払えという。
「よし、分かった。それじゃ、こうしようか。
金額をね、減らしてあげるよ。
依頼主さんに交渉してあげるわ。いまね、33万円で来てるの。
それをね、ちょうど30万円にしてあげるわ」
椅子にこしかけているせいか、興奮状態がおさまりつつあった。
あいての話の矛盾点が、分かるようになっていた。
そして声にも、すこしながら力がみなぎってくるように感じた。
「ですから、なんども言いますが、ひと違いなんです。
それにわたし、なんども言いますが、糖尿病なんです。そちらの方は、まるでダメなんです」
「分からん奴だな、お前も。
よし、分かった! 29万にしてやろう。
どうだ、大サービスだぞ。えっと…中、じゃない。
佐藤でもない…ええい! 誰でもいいや。とにかく、振り込めや」
「そ、そんな、あなた。無茶苦茶ですがね、そんなこと…」
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