あいかわらず社員たちは、小夜子を社長ではなくお姫さまと呼んでいる。
新しい経営者としての己を思いえがいていた小夜子にとって、あるいみ屈辱的呼称なのだが、いまは〝お飾りに過ぎないのだ〟と自覚している。
その証拠に社長としての決裁事項は、すべて五平が行っている。
月に一回の業務会議にしても、すべて五平が仕切っている。
小夜子には議題にのぼるすべてが理解できない。
黒板に書き込まれる数字だけはわかる。
売り上げと仕入れの額をグラフ化されたものをみれば、業績向上もわかる。
そしてそれが小夜子効果だと説明され、拍手が起きると嬉しくなる。
貢献しているのだと自覚できる。
しかし武蔵がのこした負の遺産ともいうべき、証文騒ぎの処理でミソをつけてしまった。
相手の言うがままに押し切られてしまった小夜子に、社員の評価が真っぷたつにわかれた。
女子社員は同情し武蔵を責め、男子社員は小夜子の軽率さを指摘した。
そのなかでひとり竹田だけは、立場をきめかねた。
小夜子を知る者として、双方から責め立てられた。
「軽率であることはちがいないけれども、その人情味あふれるところが、お姫さまじゃないのかなあ」
そのことばによって、全員が「お姫さまと、ともに!」と拳をあげた。
そのことばを伝え聞いた小夜子は、竹田が己のわがままにだまって付き合ったことや理不尽な怒りをだまって受け止めてくれていたことを思いだし、そしてまた武蔵からは多くの愛情をうけとっていたことが思いだされた。
多くの約束をして、そのほとんどを叶えてくれた武蔵だった。
「浮気したでしょ!」。小夜子のなじることばにも、にこやかな表情を見せる武蔵だった。
いまにして思えば、そんな小夜子のことばに癒やしをおぼえていたのではないか、そう感じられる小夜子だった。
そして「お姫さまを見初められてから、社長は変わったよね」という女子社員たちのことばで、小夜子のほとばしるような喜怒哀楽もまた、武蔵に人間らしさを取りもどさせていたのかもしれないと思うようになった。
「どうされました、お姫さま」
徳子がソファの小夜子に声をかけた。
「あ、あのね、、」。次のことばが、なかなか出てこない。
どう切り出せばいいのか、なかなかことばがつむげない。
どう話したところで、小夜子の意が伝わらないような気がしていた。
どんな風に言ってもそして問いかけても、小夜子のわがままとしか受けとられないのではないか、そう思えていた。
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