「社長。どうです? 今晩あたりに。あちこち出張が多くて、銀座もごぶさたじゃないですか。
うるさいんですよ、女給たちが。会社にまで電話が入る始末でして、あたしも閉口してるんです。
よその店にくら替えしたのか! って、つめ寄られて。
それにね、以前お話した娘にも会っていただきたいんで」
五平の執拗な誘いに、あまり気乗りのしない武蔵だったが「まっ、五平の顔を立てるとするか。梅子にも暫く会っていないしな」と、腰を上げた。
どうにも熱海の光子を知ってからというもの、武蔵の心持ちに大きな変化が現れてきていた。
所帯ということばが武蔵の脳裏にこびりついて離れない。
別段、光子と所帯を、ということを考えているわけではない。
持ち込まれる見合い話が多くなってきたことも一因ではある。
「社長の好みに合いますって、絶対です。保証しますよ」
自信ありげに五平が言った。
武蔵は苦笑いをしつつ、「そういう言葉は、もう聞き飽きた。五平の絶対は当てにならんからな。いつだったかも、ハズレじゃないか」と、軽く睨み付けた。
「いや、社長。あの女は、失敗でした。
容貌だけで判断したのが、間違いでした。
しかし、楽しんだでしょうが。第一あのときはお遊びの相手だ。
今回は違いますから」
「楽しんだと言ってもだな、高く付いたぞ。一回や二回では、割に合わん」
「今度は、違いますって。社長の伴侶に、ピッタリですって。
今はまだ田舎娘ですが、磨けば光ります。
田舎から単身で来てるんですが、向上心が強い娘です。
英会話の勉強をしてるらしいんですが、生活費と学費を親からの援助ではなく自ら稼いでいるんですよ」。
いつになく真剣な表情で、五平は言葉を続けた。
「父親の知り合い宅に居るらしいんですが、キチンとした娘です。
もっとも本人に言わせると、好きな男が居ると言うんですがね」
「おいおい、ちょっと待てよ。男が居るんじゃ、駄目だろうが」
「何を気弱な! 社長らしくもない。まだ生娘ですから、ままごと恋愛でしょうって」
馬車馬の如くに働き続け、そして人並み以上に女遊びもした。
いち時に、三人の女性を愛人としたこともある。
それが原因で、創業以来事務方を一手に引き受けた聡子とは別れる羽目になってしまった。
聡子にしてみれば、青春の全てを武蔵に捧げた! と言う自負があった。
いつかは妻の座に、と言う思いがあった。富士商会が軌道に乗った暁には、と言う思いだった。
しかし、株式会社として社会に認知されるようになっても、ついぞ武蔵の口から“結婚”という言葉は聞かれない。
社員から「奥さん!」と呼ばれはしても、心は晴れない。武蔵の前では、決して呼ばれる言葉ではなかったのだ。
「俺に、女房は居ない!」
聡子が「奥さん!」と呼ばれていることを知った武蔵が、全社員を一喝した。
社内では、飽くまでも一事務員でしかなかった。
聡子にしてみれば、それでも良かった。武蔵と寝食を共にしている、という自負があった。
実体としての結婚生活を送っているのだ。
時に、浮気をすることはある。それでも我慢をしていた。
武蔵が、外泊することをしなかったからだ。
しかし徳子と言う愛人が出来てからは、度々外泊をするようになった。
そのことで口論となった折に、言ってははならない言葉を口にしてしまった。
「私は、あなたの何なの? 妻だと思えばこそ、これほどに尽くしてきたのに」。
涙ながらに訴える聡子に対し、武蔵は冷たく言い放った。
「それだけのことは、してやっているじゃないか。
お前を妻にする気はない。気に入らないなら、出て行けばいいだろう。
代わりは、幾らでも居るんだ」。
翌日、聡子は黙って武蔵の元を去った。
うるさいんですよ、女給たちが。会社にまで電話が入る始末でして、あたしも閉口してるんです。
よその店にくら替えしたのか! って、つめ寄られて。
それにね、以前お話した娘にも会っていただきたいんで」
五平の執拗な誘いに、あまり気乗りのしない武蔵だったが「まっ、五平の顔を立てるとするか。梅子にも暫く会っていないしな」と、腰を上げた。
どうにも熱海の光子を知ってからというもの、武蔵の心持ちに大きな変化が現れてきていた。
所帯ということばが武蔵の脳裏にこびりついて離れない。
別段、光子と所帯を、ということを考えているわけではない。
持ち込まれる見合い話が多くなってきたことも一因ではある。
「社長の好みに合いますって、絶対です。保証しますよ」
自信ありげに五平が言った。
武蔵は苦笑いをしつつ、「そういう言葉は、もう聞き飽きた。五平の絶対は当てにならんからな。いつだったかも、ハズレじゃないか」と、軽く睨み付けた。
「いや、社長。あの女は、失敗でした。
容貌だけで判断したのが、間違いでした。
しかし、楽しんだでしょうが。第一あのときはお遊びの相手だ。
今回は違いますから」
「楽しんだと言ってもだな、高く付いたぞ。一回や二回では、割に合わん」
「今度は、違いますって。社長の伴侶に、ピッタリですって。
今はまだ田舎娘ですが、磨けば光ります。
田舎から単身で来てるんですが、向上心が強い娘です。
英会話の勉強をしてるらしいんですが、生活費と学費を親からの援助ではなく自ら稼いでいるんですよ」。
いつになく真剣な表情で、五平は言葉を続けた。
「父親の知り合い宅に居るらしいんですが、キチンとした娘です。
もっとも本人に言わせると、好きな男が居ると言うんですがね」
「おいおい、ちょっと待てよ。男が居るんじゃ、駄目だろうが」
「何を気弱な! 社長らしくもない。まだ生娘ですから、ままごと恋愛でしょうって」
馬車馬の如くに働き続け、そして人並み以上に女遊びもした。
いち時に、三人の女性を愛人としたこともある。
それが原因で、創業以来事務方を一手に引き受けた聡子とは別れる羽目になってしまった。
聡子にしてみれば、青春の全てを武蔵に捧げた! と言う自負があった。
いつかは妻の座に、と言う思いがあった。富士商会が軌道に乗った暁には、と言う思いだった。
しかし、株式会社として社会に認知されるようになっても、ついぞ武蔵の口から“結婚”という言葉は聞かれない。
社員から「奥さん!」と呼ばれはしても、心は晴れない。武蔵の前では、決して呼ばれる言葉ではなかったのだ。
「俺に、女房は居ない!」
聡子が「奥さん!」と呼ばれていることを知った武蔵が、全社員を一喝した。
社内では、飽くまでも一事務員でしかなかった。
聡子にしてみれば、それでも良かった。武蔵と寝食を共にしている、という自負があった。
実体としての結婚生活を送っているのだ。
時に、浮気をすることはある。それでも我慢をしていた。
武蔵が、外泊することをしなかったからだ。
しかし徳子と言う愛人が出来てからは、度々外泊をするようになった。
そのことで口論となった折に、言ってははならない言葉を口にしてしまった。
「私は、あなたの何なの? 妻だと思えばこそ、これほどに尽くしてきたのに」。
涙ながらに訴える聡子に対し、武蔵は冷たく言い放った。
「それだけのことは、してやっているじゃないか。
お前を妻にする気はない。気に入らないなら、出て行けばいいだろう。
代わりは、幾らでも居るんだ」。
翌日、聡子は黙って武蔵の元を去った。
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