一樹の大げさな反応に、いちいち答えをさがしてしまう。
しかし当の一樹の耳にはまるで入ってこない。
「ほんとにお一人暮らしなんですね。
女性ものの靴しかないや。男性がいたらどうしよう、なんてビクビクでした」
なにか答えなくてはと焦る小百合をよそに
「やっぱり、キチンとした方なんだ。サンダルの一つもあるかと思ったのに、なんにもないんだから」と、たたみかけた。
「あ、いえ。そんなことはないです。あたし、サンダルとかは好きじゃなくて、スニーカー派なんです」
所々うす緑色のペンキがはげかかった鉄製の重いドアを閉めようとしない小百合に、“この女、まだ警戒してるのか?”と、一樹の中に焦りが生まれた。
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とにかくドアには鍵をかけろ。セールストーク中に他人が来たらまずいからな。
恋人関係にはやく持ち込むためにも、密室だということを、逆に意識させろ。
変に気を回させないように、なんてマニュアルがあるけれども、俺に言わせたら「アホか!」ってことだよ。
男がいない女をターゲットにしてるってことを考えろよ。
とにかくソッコーで行け。時間をあたえちゃだめだ。
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「小百合さん。いつまでもこの状態なのはうれしいんですけど、のどがカラカラでして……」
ドアノブから小百合の手を外させると、音を抑えてロックをかけた。
小百合に疑念の思いが湧くかもしれないと思いはしたが、いつまでも時間をかけてはいられなていと強行した。
「ごめんなさい。いつものくせでロックしちゃった。
ぼくのアパート近辺は治安がわるくて……」と言い訳をしながらも、「上がっていいですか?」と言葉を付けくわえた。
「そうでしたね、お茶をお出ししなくちゃ」
靴をそろえる暇もなく押し込まれるようになった。
小さめの冷蔵庫と、レンジが中断に鎮座しているスリムなラックだけが置いてある。
機能だけのラックでは、一樹も褒めようがない。
せめて壁にアイドルのポスターはないかと目をやるが、銀行のカレンダーが貼ってある。
滋養団の食器入れには、なんの変哲もない白い茶わん類がならべられている。
そんな中で、ひとつだけ目を引いたのが、昭和レトロな柄が入った、台付きのアデリアグラスだった。
「ああ、それはもらい物なんです。あたしのお誕生日に、母が買ってくれたんです。
『ひとつぐら女の子らしいものを』って」
「すてきなお母さんですね。実家はどちらです?」
「もう、ないんです。一昨年に他界しましたので」
消え入るような涙声で、小百合がこたえた。シンクの前で身うごき一つせずに、固まってしまった。
「悪いこと、聞いちゃったかな」
小百合のうしろから両手をまわして、耳元でささやいた。
グッドシチュエーションだぜ、とばかりに体を密着させた。
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