「けどもこんどは、本場で聞こうな。
アメリカに行って、アナスターシアだったか? お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。
な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」
涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。
「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。
頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。
はらわたの一つひとつまで知っている。
肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」
ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。
起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。
「おおおお、ステーキを食べたな? いま胃をとおって、腸にはいった。
栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。
そしてそのカスが便となって外に出る。汚いことなんかあるか!
食べてやるぞ、俺は。
昔むかしな、越という国の王が、呉の国王の便を食べてでも生きながらえて復讐したという、ほんとか嘘かわからん話があってな」
いかにも嬉しそうに口角をあげる武蔵だったが、そういえばと思いだした。
武士が出した緑っぽい便を指ですくって、まず鼻の先で匂いを嗅ぎ、そしてそのまま口に入れてしまったことがあった。
鼻をグスグスとし始めたときには、「くるしいか、くるしいか」と呟きながら、イチジクの実のように赤くなった鼻に吸い付いたりもした。
“武蔵ならやりかねないわ。武蔵ほど実のある男性はいないわ”
涙があふれてきた。お上手ではない、ごますりではない。本心からのことばだと、小夜子には感じられた。
「小っちゃい頃にな、押しくらまんじゅうをして、よく遊んだよ。
そのときに、体が小っちゃかった俺は、いつも真ん中におしこめられてなあ、悪ガキどもにギューギューだ。
痛いいたいって叫んでもお構いなしだ。
イヤ、かえって押されたかなあ。
軍隊では、二枚目の俺をにやけた奴だと、またやられた。
役者上がりといっしょに、厠に閉じ込められたこともあったぞ。
もう、くさいの、なんの。それにうっかりすると、ドボン! だ。
だからな、どうにも人混みがダメなんだよ。勘弁してくれなあ」
“さっき聞いたわよ、そのことは”。喉まで出かかることばをぐっと飲みこんだ。
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