(三)
「結構です。
ひと眠りされたら、精神的に落ち着くでしょう。
体に異常はないないですからな。
心配はいりません。
ま、心配事をなくしてやるのが一番ですよ。」
「分かりました、先生。
ご足労をおかけしました。」
往診に訪れた医者を送り出した武蔵、そっと小夜子の寝姿を確認してから電話を取った。
「専務を呼んでくれ。」
電話の向こうが騒がしい。
今朝、
「小夜子を連れてくることにした。
俺のお姫さまを、皆に紹介しようと思う。」
と、告げたばかりだ。
「ウオー!社長の奥さまに会えるんだ。」
「床の間にずっと飾られたんでしょ?
早く、お会いしたいわ!」
と、皆口々に、待ち遠しさを言い合った。
その小夜子が倒れたと聞かされて、全社員に動揺が走った。
「熱を出してみえるとか。」
「パーマとかの薬に酔われたんじゃ?」
果ては、
「ひょっとして、お目出度かしら?」
などと、言い出す者さえ居た。
「おう、五平か。心配かけたな、もう大丈夫だ。
相当なショックを受けたらしい。
それでだ、早急に調べて欲しいことがある。
ファッションモデルの、アナ何とかと言う名だ。
消息を調べてくれ。
正確な名前? 女の子に聞け、知ってる筈だ。
何でも、ロシア娘らしい。
それから、今日は戻らん。
小夜子に付いてるよ。
最近ほったらかしだったからな。」
(四)
「タケゾー、タケゾー!」
二階から、小夜子の声がする。
慌てて上がった武蔵を見つけるなり、半狂乱に騒ぎ立てた。
「どこに行ってたの!
一人にしないで、小夜子を。」
「悪かった、悪かった。
さ、ベッドに入れ。休んでろ、な。
そうだ、冷たいものでも……
アイスでも食べるか? どうだ?」
「要らない。タケゾー、出かけちゃう。」
武蔵の上着の裾を、しっかりと掴む小夜子だ。
「分かった、分かった。
それじゃ、良くなったらにするか。」
「うん。それとね、お肉が食べたい。」
「ハハ。そうか、そうか。
小夜子はステーキが良いか。
よし、それじゃ、牛一頭分食べさせてやるぞ。
だから、寝ろ。」
「うん。どこにも行っちゃいやだよ。」
「あぁ、約束だ。」
小夜子の傍らで、うとうととうたた寝していた武蔵、電話のベルに起こされた。
時計を見ると、小一時間ほど経っていた。
小夜子に握られた手を、そっと外して立ち上がった。
「おう、早かったな。」
「私も驚きですわ、すぐに連絡が来ました。」
「で? どこなんだ? 居場所は。」
「居場所もなにも、あの世ですわ。
事故死か自殺か?と、大騒動らしいですわ。」
「おいおい。
そんなに有名人なのか? そのアナなんとかは。」
予想外の報告に驚く武蔵だ。
田舎娘に声をかける女なんて、と高をくくっていた武蔵だった。
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