(五)
「オーバーなことを。まあ、いい。
状況はどうだったんだ。」
「飼い犬が死にましてね。
そりゃもう、ひどい落ち込みようだったらしいですわ。
何せ、天涯孤独の身の上の娘でして。
噂の域を出ないんですが、ロシア皇帝の娘の一人じゃないかと。」
「おいおい、話が出来すぎてないか?」
「まあですね。ガセネタだと、あたしも思いますがね。
まあ、ノイローゼになったらしいんですよ。
しかしアメリカさんてのは、酷な国ですわ。
契約だからと、仕事を続けさせましてね。」
「へえー。そんな状態でも仕事させるのか?」
「ま、それだけ人気があるってことでしょうね。
結局は、お定まりの不眠症になりまして。
睡眠薬のお世話になったと。」
「ふーん。しかしあれは、常習癖がつくって話だろうが。」
「仕方ないでしょう。
眠れないって、暴れたってことですから。
ところがですね、小夜子さんと共寝して熟睡できたと言うんですわ。
小夜子さんの写真を枕元に置いておくと、不思議と眠れたと言うんですわ。」
「そりゃまた、すごいご利益じゃないか。
それが何でまた、なんでこんなことになったんだ?」
「分かりません、それは。
何か、あったんでしょうな。
不眠症が再発して、薬の多量服用です。
で、帰らぬ人になったということです。」
「うん、ご苦労だったな。」
一礼をして立ち去ろうとする五平を
「すまんが、ニ三日会社を休むぞ。」
と、呼び止めた。
「もちろん、そうなさってください。
とに角、一日も早い回復を祈ってますよ。」
(六)
「さてと、小夜子はどうしてるんだ?」
五平を送り出したあと、すぐに二階へ上がった。
「入るぞ、小夜子。」
声を掛けてみるが、中から返事はなかった。
そっとドアを開けると、ベッドの中で眠りについている小夜子がいた。
脇のテーブルにアイスの箱が、そのままになっている。
どうやら食する前に、眠りについた模様だ。
「だれ?」
「起きたか?」
気だるそうに起き上がる小夜子。
その口から発せられた意外な言葉は、武蔵に奇異な感覚をもたらした。
熱に浮かされてのことだと思いはしたが。
「アーシアが来てくれたわ。
タケゾー、会わなかった?」
“熱で妄想を抱かれるかもしれません。
その折には、先ほどのように、決して否定なさらないように。
本人が混乱します。”
「そうか、来てくれたのか。そりゃ、良かったな。
俺も会いたかったよ。
アナ…スターシアだったか?
報告したかったぞ、小夜子を大事にするからって。
安心してくれってな。」
「アーシア、小夜子に謝ってくれたよ。
“約束破ってごめんね。”って。
手紙書きたかったけど、我慢できなくなりそうだから書けなかったんだって。
小夜子と一緒にベッドで寝てたの、アーシア。
小夜子と一緒だとよく眠れるんだって。」
「そうか。小夜子と一緒だと、良く眠れるのか。
だったら、俺も一緒に寝たいな。
最近、眠りが浅いんだ。」
「うん、いいよ。
アーシアも、そうしてあげてねって言ってた。」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます