昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~ (六十五) 七

2013-09-13 20:09:36 | 小説
(七)

「社長の親分肌は、その頃からですか。
しかも、あのご時世なのにだ。
子どもの食い物まで取り上げた親が居た、なんて話も珍しくもなかったのに。」

「俺が聞いた話は、ちと違うぞ。
赤子に飲ませる乳が出ない母親に、子どもが食い物を掠めてるって聞いたぜ。
そのせいかと思ったよ、すぐに追いかけるのを諦めちまうのは」

「そりゃ、あれですって。店を空っぽになんか出来ませんて。
それこそ、根こそぎ盗まれちまいますよ。
子どもだけじゃなく、大人だって腹を空かせてたんですから」

縁側に座り込んで半欠けの月を眺めながらの、二人だけの酒盛り。
「久しぶりのことだな、五平。よくこうやって、二人でカストリを飲んだよな」

「うーん、何年になりますかね。
十、年は経たないか。店を立ち上げた、あの夜以来じゃないですか。
確か、いつもの十五度じゃなくて、いきなり四十度なんて代物に手を出して。
喉はひりつくし、胃はひっくり返るし。
それから頭がガンガン鳴って、死ぬかと思いましたよ。
まったく武さんの冒険心にゃ、付いていけません。
あ、武さんなんて呼んじまった」

「いいよ、いいじゃないか、武さんで。
会社ではまずいが、外に出たら、武さんでいいよ。
俺もな、ちょっと反省してるんだ。
会社では、五平じゃなくて専務とよばなくちゃならんとな」

「へへ。こそばゆいですよ、専務なんて。
第一、掃いて捨てるほど居ますよ、日本中に」

「何、言ってる。
富士商事株式会社の専務さんだ、大企業とは言わんが、優良企業だぞ」


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