昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~(十六)ラベルにハートマークがあり

2015-08-19 08:50:45 | 小説
慌てて彼は、女のグラスにウィスキーを注いだ。
ラベルにハートマークがありその中に何やら描かれているが、何を示しているのか彼には皆目分からない。
しげしげと見つめる彼だった。

「おっぱいだよ、あたいの。あんたもスケベだね、男なんだ」
「ああ、おっぱいか、なるほど」
彼からボトルをひったくると、
「マスターがくれたんだよ。誕生日プレゼントだって。あたいのお父ちゃんなんだよ、マスターは」
と、胸に抱え込んだ。

「あんたねえ。男と女の間に、何があるのよ。セックスでしょうが。
あんた、女が嫌いかっ! おかまちゃんならいざ知らず、さあ」

グラスを一気に飲み干すと、大きくため息をついた。
カウンターに突っ伏しながら、早口でまくし立て始めた。

「おかしいんだよ、あいつ。あたいをテーブルに呼ばないんだ。
あの店はね、お気に入りのダンサーを呼べるんだ。
そしたら、チップが出るんだよ。
あたいなんか、引く手あたまさ。違った、あ、ま、た、だ。
引く手あまただよね? 

ホントとだよ。毎晩、十人はくだらないんだから。
そんなあたいがだよ、あいつに…。
バカにしてんだよ、あいつ。あいつの横まで行って、あたいのおっぱいを見せて やってるのに、あいつ下なんか向いちゃって。
顔を真っ赤にしてんの。純情なんだね、あいつ。

おいっ、水! 喉がカラカラだ。お前! あたいを酔わせて、どうする気だい。
抱きたいのか、あたいを。おっぱいを吸いたいか? 
だったら、水だよ。お水、ちょーだいよお」

彼はマスターに、水を! と、目で合図した。
「済みませんねえ、お客さん。こうなっちゃうと、どうにもできないんです。
今夜のお代は結構ですんで。これに懲りずに、また来てくださいな」
水の入ったコップと共に、店名の入ったマッチが渡された。

中央にでんと凱旋門が印刷された箱で、その右下に小さく「bar-止まり木」とあった。
いかにもこのマスターらしいや、そう思える彼だった。
わずかな時間ではあるが、常連客に混じって会話を交わしつつ、彼のことも気にかけている。
学生さんですねと問いかけはするものの、彼が答えるまでは決して踏み込むようなことがない。


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