はっきり申しましょう。家柄云々といったことでした。
わたくしではございませんよ。正夫ですよ、正夫です。
なにせ尋常小学校すら出ておりませんから。
それにあの容貌でございますし。ご親戚に対してもねえ。
おわかりでございましょう? 縁を切ってくれ、そのように言われたようでございます。
いえ、妙子はなにも申しません。
健夫さんが教えてくださいました。
「恥ずかしい両親です。
未だに戦前の因習にとらわれて、家格がちがうだの、家柄がひどすぎるだのと。
ぼくが縁を切ります」。
そこまでおっしゃっていただけたのですが。
そう言われましても、妙子の気持ちを考えますと……。
まあわたくしとしましても、妙子はどこに出しても恥ずかしくない娘です。
ただ、親は選ぶことができませんし。
申しわけありません、わたくしが間違っておりました。
いくら戦後のあの時代だったとしても……。
やはりのことに毛嫌いをしている相手の元に、というのは無理がありました。
親戚ですか? 長野の。
そのおりに母方の実家にでも身を寄せればと、いまでは思わぬわけでもありません。
でもどうでしよう。
肩身のせまい思いを、いえいえ、妙子ではございません。
わたくしが、ですわ。
おそらくはどこぞの農家に嫁がされたことでしょう。
東京女子師範学校に在学していました、このわたくしがですよ。
なにが哀しくて農家に嫁がねばならぬのですか。
当時は気づかぬこととはいえ、身重でした。
父親なしの娘を産むことになるのです。
なにを言われるか、どんな仕打ちを受けるやら。
いえ、おそらくは妙子が生を受けることはなかったと思います。
わたくしと三郎さんとの、愛の結晶が、この世に生まれ出ずることなく……。
ありえませんわ、そんなことは。
そんなことならば、まだ正夫の元に逃げ込んだほうが、よほどにましですわ。
それに……。しばらくすれば、三郎さまも出てこられるでしょうし。
そうなれば三郎さまのご実家に戻られて、なにせ跡継ぎでございますからね。
正夫に悪いと思わないのか、ですって!
わたくしのそのおりの気持ち、どなたにもお分かりいただけませんわよ。
使用人だったのですよ、それにあの不細工さ。
本来なら嫁などもらえるはずもない。
縁談? そんな話がありましたの?
それは結構なことで。ならばさっさと迎え入れればよかったのに。
そうしましたら、わたくしも長野の農家の嫁として……。
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