昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~(一) どうしたの、ボクちゃん?

2014-08-25 08:54:49 | 小説
(三)

贅沢三昧に物品を買いあさる母親に対して、一言の苦言を言うでもなかった。
いや、むしろ喜んでいるようであった。

美しく着飾る母親を見て、満足の笑みさえ浮かべていた。
「おきれいな奥様をお持ちで…」という、その挨拶言葉に対し満足げに頷いていた。

彼が生まれてからの武蔵は、前にも増して仕事にのめり込んだ。
休息という言葉を知らないようだった。彼の記憶に、一家団欒はない。
少しの時間を彼と過ごすだけで、すぐに忙しなく出かけていた。

一度だけ、海水浴に出かけていたらしい。
“らしい”というのは、三歳当時のことで彼の記憶にはなく、ただ写真によって伺い知れたのだ。

親子三人が写ったその中に、満面に笑みを浮かべた父親がいた。
母親も又笑みを浮かべている。そして、父親に抱かれた彼だけが、泣いていた。

後に周辺から聞かされたことだが、その当時、武蔵の愛人問題で母親は悩んでいたという。
武蔵にしてみればその罪滅ぼしの意味も込めての、小旅行だった。

彼の、茂作に対する最初にして最後の反抗は、大学入試だった。
茂作の希望した大学を、故意のミスにより失敗した。
そして、滑り止めとして受験した現在の大学に入ったのだ。
そしてそれは、茂作の呪縛から逃れる事だった。

「武士! どういうことだ! 太鼓判を押されていたのに、どうしたことだ!」
「どうしたの、ボクちゃん? あなたらしくもないわねえ。
体調が悪かったのね? そうよね、そうなのよね」


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