昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百三十七)

2024-08-20 08:00:07 | 物語り

 その日、武蔵の○が社員につたえられた。
それまで回復の途にあるという説明を受けていた社員にとって、寝耳に水のことだった。
「専務、じょうだんはやめてくださいよ!」。服部が、大声でどなった。 
「かつがないでくださいよ」。女性陣からは弱よわしい声がもれ、「うそよ、大うそよ!」と、金切り声もあがった。
「竹田! なんとか言えよ」。じれったそうに、服部が、またどなった。
 首をうなだれながら、頭を横にふるだけの竹田だった。
「知らないんだ、ぼくも。なにも聞かされてないんだ」。

絞りだすように言うと、両の目からどっと涙があふれでた。
哀しみの涙ではなかった、ただただ、悔しさがむねに押しよせてきた。
〝早すぎる、はやすぎるよ、神さま〟
 早逝した武蔵をいたむこころとともに、
〝信頼されていなかった、ほんとのところは。かってにぼくが思いこんでいた、舞い上がっていただけだっんだ〟と、恨みのおもいもわいてきた。
と同時に、早逝した勝子のことばを思いだした。
「いいこと、勝利。公と私のくべつをわきまえなさいよ。
あなたは、あくまで、社員なの。使用人なのよ」

「でから、なんど言ったらわかるのよ!」
 金切り声にちかい小夜子のこえが階下にひびいた。
相手は、五平のようだった。こんなことは、これまで一度もなかったことだ。
どうしたんだろう、とそれぞれに互いの顔を見合わせた。
葬儀についてのことが話し合われているはずだった。
社葬とすることは決まっているし、喪主も小夜子がつとめることになっている。
話し合いといっても、日時・場所については五平が段取りをつけるとなったほか、参列者についても社葬である以上、五平の采配内のはずだ。
なのでここまで声を荒げるような事項はないはずだった。

「専務がなにか、お姫さまの気にさわることを言ったのか?」 
 社員たちの偽らざる気持ちだった。
しかしあの五平が、周囲に対する気くばりをかかさぬ五平が、という思いは皆にあった。
「ひょっとして、お姫さまのわがままだろうか?」
 次に浮かんだのが、このことだった。
武蔵の異変を、小夜子ではなく五平に伝えられたことが、癇にさわった?」とも考えられる。
しかしそれは、武蔵の呼び出しで五平が駆けつけたということだ。
「となると、武蔵の死期を五平がはやめてしまったということか。
なにか武蔵によからぬ話をしたと言うことか?」と、それぞれに疑心暗鬼のおもいが浮かんでくる。
 
「これは武蔵の意向なの。あなたも聞いたでしょ!」
 強いことばが発せられた。
「チンドン屋を手配してちょうだい!」
 つづけて聞こえてきたことばに、一同が顔を見合わせた。
「チンドン屋? 葬儀に?」 



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