語気するどく言い放ちました。
そしてそのときには部屋にはいり、床の間を背にしてのことでした。
そこには。葛飾北斎作の「不二越の龍図」が掛けられております。
富士のお山が小夜子さんに隠れてしまい、天に昇らんとする龍がその背から現れ出ているようで、なんとも不思議な面持ちがしたものでした。
その掛け軸を正夫さんは真作だと言い張るのですが、だれも信じる者はいませんでした。
いえいえ骨董屋は複製画ですから、とはっきり言っています。
ですので、別段だまされたといったことではありません。
話がそれてしまいました。すこし間が空いてしまいましたが、お話をつづけましょう。
「みなの衆! だまされるでないぞ。
このおなごは口がうまいから、危うくわしもだまされるところじゃったわ。
このおなごと足立が、はたして誠に情をかわしていたかは、わしにもわからん」
つばを飛ばしながらの熱弁です。
口をはさもうとする小夜子さんを睨みつけながら、つづけられます。
「わしが問い詰めたこのおなごは、まさしく小夜子という名前にふさわしい、小娘だった。
男など知らぬ清純そのものの少女だ。
足立にしても、気の弱い学生で。
そんなふたりが情を交わすなど、ありえん、ありえんわ!」
「なんで嘘など吐きましょうか、なんの得があるというのでしょうか。
とことんまで追いつめられた男と女です。
一旦もどられた三郎さまは、もうこの世の終わりだといわんばかりでした。
いつもの気概に満ちあふれた三郎さまではありませんでした。
『あすもういちど呼び出しがある。そして逮捕されるだろう。
十年? 二十年? ひょっとしたら○刑かも。
だめだ、もう二度と君には会えない。
さよならだよ、小夜子さん』と、わたくしの手をにぎられて、目からボロボロと涙があふれて……。
いまこのときを逃したら一生後悔する、そう思えたのです。
三郎さまが生きた証を、わたくしが残してさしあげねば。そう覚悟したのです」
まだまだ話がつづきます。
善三さんはといえば、「なにをばかなことを」と口走られて、大きく手を横にふられています。
「あきれたもんだ」と、なおも呟かれます。
「三郎さまも思いは同じでございました。
キラキラと輝く瞳でもって、わたくしをじっと見つめてくださいます。
そして『小夜子さん。ぼくに生涯きえない想い出をくれ給え』とおっしゃられたのです。
そしてその夜、ふたりは結ばれたのでございます」
大きく息を吐いて、その場に座ります。
「いいお話ね」。「若いふたりには辛いことでしたね」。
先ほどは非難されていたご婦人方の会話が聞こえます。
「バカも休みやすみにしろ! いまの話が本当だとしても、おまえは足立にだまされたんだよ。
純愛なんぞじゃあるものか。
足立の本音に気づけぬおまえは、大バカ者よ。
聖人君子ぶる足立に、まんまとだまされよって。しかしわしも悪かったかもな」
どうやら小夜子さんの話を否定する気持ちが失せたようで、しみじみと語られます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます