昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~ (二十二)(去れば、去るとき、:三) 

2024-09-13 08:00:21 | 物語り

 ある日のことでございます。
玄関口に置いてある大鏡(なんのための設置なのか、単なる衣装の確認のためかと思っておりましたが)に、女将の目を見たのでございます。
いつものように穏やかな笑みを浮かべておいででした。
が、わたくしの、お客さまをお部屋に案内する際にとった仕種に、一瞬でしたが曇る視線を感じたのでございます。
わたくしの勘違いだと思えばそうかもと思えることでございましたが、なにかしら苛つかれたような咎めるような、そんな視線が足下に注がれたように感じました。
慌てて足下に目をやりますと、お客さまに対して挑むように足先が向いていたのでございます。
なんという粗相を、と、ただただ恥じ入るばかりでございます。

そのことがありましてから、女将の視線が気になるようになりました。
どこに居てもなにをしている時でも、常に女将の視線を感じるようになりました。
 そういえば、わたくしの先々に女将がおられたように思います。
たとえばわたくしがお客さまのお迎えをする時に限りまして、女将が傍に立たれたような気がします。
門を入られたお客さまが飛び石伝いに玄関へとおいでになりますが、その際に何枚目の飛び石付近でお待ちすれば良いのか。
晴れた日ですとその石にわたくしの影がかかってはいけませんし、雨の日ならば雨水の流れがありますし。
わたくしが美しく気品ある姿になる立ち位置はどこなのか。

 飛び石の縁を踏んではならぬということは分かっておりますが、果たして何寸ほど離れた位置なのか、気になりだしますとどうにも。
教えを乞うても、おそらくは答えてはいただけませんでしょう。
「どこでもよろしいですよ、あなたの好きなところでお迎えなさい。心です、お迎えの心が大事なのですから」。
そう、女将の目が答えているように思えるのです。

 ですが気になり始めますと、いくらわたくしの好きなようにと申されましても、身体が縮こまってしまい思うように動きません。
お客さまの荷物をお預かり致しますときも、
「お預かり致します」。ただそれだけを言えば良いと思うのですが、
いつどの場所で受け取れば良いのか、差し出す手の角度は? 
背の高いお客さまもいらっしゃれば低いお客さまもみえます。

男性、女性、ご高齢者、等々、気になりだしますと際限がございません。
いえ、他の仲居さんたちにはいつも通りの穏やかなお顔に見えていることでございましょう。
「それがあなたのおもてなしの心ですか」。
物言わぬ口の代わりに、女将の目がそう仰っているように感じられてなりません。



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