［舟のない港］ （七十五）

「苦労されているようですわね。
今は、どうなさっているの？　
貴方のことだから、バリバリやっていらっしゃるのでしよう？」

　静かな口調の中に、”これが、過去にあれ程愛した男なのか”と、自嘲の色が見える。
失望の色が感じられる。

　男は、答える言葉を持っていなかった。
自信に溢れていた男を見続けてきた麗子に対し、現在の己は、余りにも惨めすぎた。

「幸せそうだね」
精一杯の言葉だった。

「意地悪な質問ですのね。
私に言わせれば、ミドリさんの方がお幸せですわ、きっと。
好きな殿方に愛されて暮らすことが、女にとっては一番の幸せですのよ」

その言葉に、男は視線を上げた。
妖艶に光る目に、男は吸い寄せられた。
その目は、嘗て男に見せた拗ねるような目であった。
男は、一瞬、昔に戻ったような錯覚を覚えた。

「そんなものですかね、いつも喧嘩ばかりですよ」
「そう、羨ましいわ。仲がおよろしいからの喧嘩でしょ。
愛していらっしゃるのね」