昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十) いつもの店で待つ

2015-03-02 08:50:59 | 小説

20:00 いつもの店で待つ

中田からの連絡で、休日の逢瀬など初めての事だった。
相変わらず、牧子の都合などまるで無視した一方的な連絡だった。
いつもならば心ときめく牧子だったが、今日に限っては興がのらなかった。
曇りがちの表情で戻ってきた牧子だったが、彼の前では明るい笑顔を見せた。

彼は、不安げに牧子に尋ねた。
「彼氏からじゃないんですか、ホントは。牧子さんに、彼氏が居ないなんて考えられないし」
「なんでもないのよ、そうだ。! これから、いい所に連れてってあげる。出ましょ、ねっ」

タクシーを呼びだして、牧子は繁華街に行くよう指示をした。
車中での牧子は、押し黙ったまま考え込むかと思えば、急にはしゃぎだしたりと不安定な様相をみせた。
“ポケベルが鳴ってから、何かおかしい。
彼氏とうまく行っていないのか? だから、デートに応じてくれたのだろうか”
彼は、申し訳なさの気持ちと共に、“チャンスかも”という気持ちも湧いていた。

牧子の言う店は、とあるビルの地下にあった。
ビルに据え付けられている看板には、バーの名前が羅列されていた。
階段を下りながら、牧子はマスターのことを話した。

「このビルのオーナーなのよ。少し気難しい人だけど、心配しないで。
会員制みたいなシステムを取っててね、一見のお客は断るの。
大丈夫、私は気に入られてるから」
牧子は、不安げにしている彼の腕に牧子の腕を絡ませた。

「いいこと。もう従弟じゃないから、ね。うふふふ」
どう理解していいのか、彼は戸惑った。
薄暗い階段のせいなのか、牧子の瞳が妖艶さを漂わせているように感じられた。
「こんばんわ、マスター。お久しぶりい!」

甘く、いや甘ったるい、語りかけるような歌声が彼を包んだ。
ネットリと体にまとわりついてくる声、彼には初めての経験だった。
裏びれた場末の酒場といった風情の店だった。


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