昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](二十八)

2016-04-05 09:04:38 | 小説
「そうか、そうだね。平井君のデートの邪魔になるかも。
よし、そういうことなら、今夜は僕に、エスコートさせてよ。
どうせこのまま帰っても、一人で食事をするだけだから。
ご馳走するよ、ミドリさん」

 そんな男の誘いに、ミドリは明るく答えた。
「ぜひ! 御手洗さん 、その後でお酒もご馳走になりた…。
いやだ、私ったら。ごめんなさい、調子にのりすぎて。
普段はこんなじゃないんですよ」

「ハハハ、いいよ、いいよ。どこでも 、お姫様のご希望にお答えしますよ。
軽く食事してから、ナイトクラブにでも行きましょう。
それから、良かったら武と呼んでくれませんか? 
女性には、名前で呼んで欲しいな、やっぱり。
特に、ミドリさんのような可愛いひとには」

 男にとって久しぶりの楽しい語らいだった。
食事はレストランでという男に対し、ミドリは
「ここですませましょう」 と、心遣いをみせた。
 財布の中味を頭の中で数えていた男には、ありがたい言葉だった。

 ナイトクラブで、二人してグラスを傾けた。
異性との酒、ましてやダンスなど初めてのことらしく、終始ほほを染め、男の目を正視することができなかった。
ミドリに対してアプローチしてくる男が、居ないわけではなかった。
いやむしろ、多かった。
しかし、そのことごとくを兄である道夫は許さなかった。

彼のことにしてもそうだった。
「大学時代はモテモテだったぞ」とは、まさしく道夫の方だった。
複数の女性に取り囲まれて、いつも女性たちの明るい笑い声が絶えないでいた。
彼はと言えば、思いを寄せる女子に対して、中々声が掛けられずに悶々とする夜を過ごした。
意を決して声を掛けようとしても、彼の額の眉間にしをを寄せてのことに相手がたじろいでしまう。



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