式前夜のこと。
「お父さん。今まで、ほんとにありがとう。わたしの我がままを通させてくれて。
これからは、いっぱい親孝行するから」
目にいっぱいの涙を溜めて、小夜子が言う。
「い、いや、そんなことは……。それより小夜子、ほんとにこれで良いのか?
正三じゃなくて、良いのか? まだ間に合うぞ。どうなんじゃ?」
「いいのよ」。小夜子がきっぱりと言い放った。
「縁がなかったのよ、正三さんとは。お別れはすんでるし」
「そうか、そうか。この……わしなんかの為に。すまんのう」
「なに言ってるの! わたしは望まれて行くのよ。三国一の花婿さんに望まれて行くのよ」
“そうよ、そうよ。わたしは幸せ者なの。
財産すべてを、わたしの為につかい果たすんだから。
これからもわたしの好きなようにしていいって、言ってくれたのよ”
“みんな褒めてくれてるじゃない、あの婆さまだって。
これ以上の良縁はないって、言ってるじゃない。
それに、それに、生娘じゃないんだし。
アーシアも死んじゃったし……”
“良かったのよね、お母さん。タケゾーの元に嫁ぐのは良いことよね。
借金も払ってくれたし。それに何より、爺ちゃんの面倒も見てくれるって言うし”
“いいの、いいのよ、これで。女は、愛されてナンボなのよ”
そして式当日。
突き抜けるような青空の下、黒塗りのハイヤーが埃を巻き上げて走っている。
ゆっくりとした速度で、竹田の本家へ向かって走っている。
神社での式を終えた武蔵が、満面の笑みで車からおりたつ。
少し遅れて小夜子が、緊張の面持ちでおりたつ。
差し出す武蔵の手をしっかりと握っておりたつ。
紅白の幕でかざられた門のまえで待つ本家の大婆が、満足げにうなずいている。
「うんうん、立派なお婿さんじゃて。でかしたの、小夜子。おお、美しい花嫁姿じゃ。
うんうん、うんうん」
つづいて、茂作と繁蔵が後続の車からおりた。
「婆さま、大丈夫ですかいの? 中で待っておられれば良いのに。ふらつきませんですかの?」
繁蔵が心配げに声をかける。「年寄り扱いするでね!」と、一喝した。
かくしゃくとした動きで、武蔵と小夜子を招き入れた。
「ええ婿さんじゃ。のお、小夜子。でかしたぞ、ほんに。
お前のおっ母さんにはがっかりさせられたが、小夜子を産み落としたことは認めてやらねばの」
“この婆さまが、母ちゃを殺したんだ”
恨みの炎が、小夜子の目に宿る。
と共に、ほぼ直角に曲がった腰が、痛々しく小夜子に映る。
齢、八十歳を超えたはずの大婆。
当主である繁蔵に対してあれこれ指図する様は、一種異様な趣をただよわせる。
「隠居しても良かろうに、なんで固執するかのお?」
「繁蔵さんではなくて、嫁の方じゃて。初江さんよ」
「そうそう。嫁に牛耳られるのが、しゃくなようじゃわ」
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