昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百三十七)

2022-05-25 08:00:06 | 物語り

 式前夜のこと。
「お父さん。今まで、ほんとにありがとう。わたしの我がままを通させてくれて。
これからは、いっぱい親孝行するから」
 目にいっぱいの涙を溜めて、小夜子が言う。
「い、いや、そんなことは……。それより小夜子、ほんとにこれで良いのか? 
正三じゃなくて、良いのか? まだ間に合うぞ。どうなんじゃ?」
「いいのよ」。小夜子がきっぱりと言い放った。
「縁がなかったのよ、正三さんとは。お別れはすんでるし」
「そうか、そうか。この……わしなんかの為に。すまんのう」
「なに言ってるの! わたしは望まれて行くのよ。三国一の花婿さんに望まれて行くのよ」

“そうよ、そうよ。わたしは幸せ者なの。
財産すべてを、わたしの為につかい果たすんだから。
これからもわたしの好きなようにしていいって、言ってくれたのよ”
“みんな褒めてくれてるじゃない、あの婆さまだって。
これ以上の良縁はないって、言ってるじゃない。
それに、それに、生娘じゃないんだし。
アーシアも死んじゃったし……”
“良かったのよね、お母さん。タケゾーの元に嫁ぐのは良いことよね。
借金も払ってくれたし。それに何より、爺ちゃんの面倒も見てくれるって言うし”
“いいの、いいのよ、これで。女は、愛されてナンボなのよ”

 そして式当日。
 突き抜けるような青空の下、黒塗りのハイヤーが埃を巻き上げて走っている。
ゆっくりとした速度で、竹田の本家へ向かって走っている。
神社での式を終えた武蔵が、満面の笑みで車からおりたつ。
少し遅れて小夜子が、緊張の面持ちでおりたつ。
差し出す武蔵の手をしっかりと握っておりたつ。
紅白の幕でかざられた門のまえで待つ本家の大婆が、満足げにうなずいている。

「うんうん、立派なお婿さんじゃて。でかしたの、小夜子。おお、美しい花嫁姿じゃ。
うんうん、うんうん」
 つづいて、茂作と繁蔵が後続の車からおりた。
「婆さま、大丈夫ですかいの? 中で待っておられれば良いのに。ふらつきませんですかの?」
 繁蔵が心配げに声をかける。「年寄り扱いするでね!」と、一喝した。
かくしゃくとした動きで、武蔵と小夜子を招き入れた。

「ええ婿さんじゃ。のお、小夜子。でかしたぞ、ほんに。
お前のおっ母さんにはがっかりさせられたが、小夜子を産み落としたことは認めてやらねばの」
“この婆さまが、母ちゃを殺したんだ”
 恨みの炎が、小夜子の目に宿る。
と共に、ほぼ直角に曲がった腰が、痛々しく小夜子に映る。
齢、八十歳を超えたはずの大婆。
当主である繁蔵に対してあれこれ指図する様は、一種異様な趣をただよわせる。
「隠居しても良かろうに、なんで固執するかのお?」
「繁蔵さんではなくて、嫁の方じゃて。初江さんよ」
「そうそう。嫁に牛耳られるのが、しゃくなようじゃわ」



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