昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十一)の三と四

2012-07-22 14:00:52 | 小説

(五)

受話器を置くと、すぐさま長椅子で呆然としている小夜子の隣に座った。

「すぐに車で迎えにみえますよ。
社長さんがお出かけなんで、専務の加藤さんが……」

「イヤ、あそこはイヤ! 一人で帰るから。
ハイヤーを呼んで。一人で帰れるから。早く呼んで!」

ぐったりと力なく座り込んでいた小夜子が、死人のように蒼白い小夜子が、必死の形相で叫んだ。

五平が来るのだが、加藤という名が耳に入った途端に忌まわしい加藤家が浮かんだ。
やっと抜け出られた加藤家に戻るなど、到底考えられない。

「こんなに嫌がるんだから、ハイヤをー呼んだ方がいいわよ。」
「そうね、分かったわ。すぐ呼びますからね、すぐに。」

ハイヤーが着くまでの間、
「アーシアが淋しがってる、アーシアが呼んでる。
行かなきゃ、行かなきゃ……」
呪文の如くに唸り続ける小夜子だった。

「会社の車はやめてくださいませんか。
えらく興奮していらっしゃるんです。
強いご要望で、ハイヤーを呼びましたので。」

「お電話には出られませんでしょうか?
状況をつかめと、指示されたのですけど。」




(六)


押し問答を続ける内に、ハイヤーが到着した。

「さよこさん。来ましたよ、ハイヤーが。
分かりますか? 来たんですよ、ハイヤーが。」

ハイーヤの到着で、小夜子の表情が穏和になった。
武蔵の元に戻れるという安心感が、小夜子を落ち着かせた。 

覚束なくはあるが、何とか自力で立ち上がる小夜子だ。

「ご迷惑をおかけしました。これ、お代金です。 」
「いえいえ、まだ途中ですから。」

「落ち着いたら、改めてお願いしに参ります。」
「それじゃその折りに頂きます。」

二人の手の間を、和紙の袋がが行き来する。

「貰っときなさい、二度と来やしないわよ。」
痺れを切らせて、松子が千夜子に囁く。

しかしそれでは困るのだ。
千夜子は、何としてもシャンプーを手に入れねばならないのだ。

「お気を付けて。」
深々とお辞儀で送り出しながら、
“お願いだから、また来てくださいよ。”と、念じた。


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