昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

大長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~ (六十三)の七

2013-06-10 17:49:26 | 小説
(七)

他人に頭を下げることなど、まず有りえない佐伯本家の当主が謝った。

村一番の実力者が、小娘である小夜子に土下座をしたのだ。
ざわついていた座が、一瞬の内に静まり返った。

「ご、ご当主さん。おやめください。
小夜子は、なんとも思っていませんから。

そうじゃろう、小夜子。
いけませんて、それは。

どうぞ、頭を上げてください。」
慌てて繁蔵が起こしにかかる。

「ご立派! さすがに、村一番の実力者だ。
御手洗武蔵、こんな立派な土下座は見たことがない。

感服しました、実にすばらしい。
ご当主さまのためにも、村に尽くさせていただきます。」

当主の手を取って大仰にふりながら、武蔵が声を張り上げた。
そこでまた、村人の拍手が大きく鳴り響いた。

小夜子に対する土下座ではないことは、すぐに武蔵には分かった。
正三の次官への道を妨害しないでくれ、と武蔵には聞こえた。

“分かったよ、邪魔しないよ。
俺だって、そんなことに構ってられるほど暇じゃないんだ。

いいかい、その代わりに茂作爺さんを頼むぜ。
決して粗末に扱うなよ。

今日あんたがした土下座の意味を、決して忘れるなよ。
俺も、あんたが見せた誠意をしっかりと覚えておくから。”

“そうね、そうよね。
本家が邪魔をしてたのね。

だからなのね。
だけど、情けない男。

女のために命をかける位の気概はないの? 
見なさいな、タケゾーを。

わたしの為なら、どんなことも……”
小夜子が見せた恍惚の表情、誰に気付かれることもなかった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿