五
「内もね、苦しいんだ。思ったように、捌けないんだ。
倉庫を見てくれよ、商品の山なんだ。
事務所の廊下にまで、溢れかえっているだろう。
といって、手ぶらで帰ってもらう訳にもいかんし・・。
どうだろう?
君らの給料の五掛けで、手を打ってくれないか?
本来なら、社長に支払うべきものなんだ。
街金に談じ込まれたら、返答に窮してしまう。
その代わりと言っちゃなんだが、ほとぼりが冷めた頃にだ、
富士商会に入らないか?
君らなら、諸手を上げて歓迎するが。」
武蔵は“残金、確かに受領致しました。”という一札と引き換えに、個々の従業員に手渡した。
総額がいくらなのか誰にも分からぬよう処理したこと、
そして又残金と書かせたことで、金壱拾萬円の支払済みとしてしまった。
実のところは、三萬円そこそこの金額だったのだが。
その後、何人かが職を求めてやって来たが、
武蔵の入院という事態でうやむやに終わってしまった。
その場限りの方便だった武蔵にしてみれば、
社長を裏切るような従業員を雇うつもりは、まるでなかった。
応対に出た五平に一喝されて、彼らはすごすごと引き上げて行った。
六
感慨に耽る武蔵の元に、旅館の女将が声をかけて来た。
「お早いですね、社長さま。
おはようございます。
如何でございますか?ここからの眺望は。
当旅館の、自慢の一つなのですが。」
武蔵が振り返ると、斜め後ろに楚々とした風情で立っていた。
和服には疎い武蔵だが、見るからに高級そうな着物姿だった。
年の頃は、三十路も半ば過ぎか?妖艶さを漂わせている。
思わず見とれてしまった武蔵に、
「どうかなさいました、社長様・・」と、女将が見上げるように尋ねた。
「いや、こりゃ失礼!見惚れてしまいました、女将に。」
「あら、あら、そんな。都会のお方は、お上手ですね。」
女将は、口元に手を当てて微笑んだ。
その柔らかい仕種が又、武蔵の心をとらえた。
「昨夜は、世話になりました。
美味い料理でした、板さんによろしく言っておいてください。
皆、喜んでいました。
中々、食べられんのです、今どき。」
「ありがとうございます、申し伝えておきます。
でも、復興目覚ましいのじゃありませんか?
私ときましたら、ここから離れたことがございませんので、
新聞で知るだけなのでございますが。」
「うん、そうですね・・」
「内もね、苦しいんだ。思ったように、捌けないんだ。
倉庫を見てくれよ、商品の山なんだ。
事務所の廊下にまで、溢れかえっているだろう。
といって、手ぶらで帰ってもらう訳にもいかんし・・。
どうだろう?
君らの給料の五掛けで、手を打ってくれないか?
本来なら、社長に支払うべきものなんだ。
街金に談じ込まれたら、返答に窮してしまう。
その代わりと言っちゃなんだが、ほとぼりが冷めた頃にだ、
富士商会に入らないか?
君らなら、諸手を上げて歓迎するが。」
武蔵は“残金、確かに受領致しました。”という一札と引き換えに、個々の従業員に手渡した。
総額がいくらなのか誰にも分からぬよう処理したこと、
そして又残金と書かせたことで、金壱拾萬円の支払済みとしてしまった。
実のところは、三萬円そこそこの金額だったのだが。
その後、何人かが職を求めてやって来たが、
武蔵の入院という事態でうやむやに終わってしまった。
その場限りの方便だった武蔵にしてみれば、
社長を裏切るような従業員を雇うつもりは、まるでなかった。
応対に出た五平に一喝されて、彼らはすごすごと引き上げて行った。
六
感慨に耽る武蔵の元に、旅館の女将が声をかけて来た。
「お早いですね、社長さま。
おはようございます。
如何でございますか?ここからの眺望は。
当旅館の、自慢の一つなのですが。」
武蔵が振り返ると、斜め後ろに楚々とした風情で立っていた。
和服には疎い武蔵だが、見るからに高級そうな着物姿だった。
年の頃は、三十路も半ば過ぎか?妖艶さを漂わせている。
思わず見とれてしまった武蔵に、
「どうかなさいました、社長様・・」と、女将が見上げるように尋ねた。
「いや、こりゃ失礼!見惚れてしまいました、女将に。」
「あら、あら、そんな。都会のお方は、お上手ですね。」
女将は、口元に手を当てて微笑んだ。
その柔らかい仕種が又、武蔵の心をとらえた。
「昨夜は、世話になりました。
美味い料理でした、板さんによろしく言っておいてください。
皆、喜んでいました。
中々、食べられんのです、今どき。」
「ありがとうございます、申し伝えておきます。
でも、復興目覚ましいのじゃありませんか?
私ときましたら、ここから離れたことがございませんので、
新聞で知るだけなのでございますが。」
「うん、そうですね・・」
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