昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(二十二)の七と八そして九

2011-11-05 22:11:09 | 小説


「それにしても、ご酒がお強いのですね?
驚きましたわ、本当に。
ご用意が間に合わずに、失礼致しました。」
女将は、庭に設置してある椅子を勧めながら、自らも腰をおろした。
「いやいや・・。
私も専務も、あれ程に飲んだのは、初めてで。
何せ、床の間を埋め尽くせ!とばかりに、やりましたから。」
「お体の方は、大丈夫でございますか?
少しは、お寝みになられましたでしょうか?」
「うん、少しね。
しかしこんな飲み方をしていちゃ、先が短いでしょう。
まっ、太く短くですな。」
「そんなことを仰ってはいけませんわ。
奥様が、お可哀相ですわ。
あっ、おたまちゃん!社長さまに、白湯をお持ちしてね。」
軽く武蔵を睨み付けながら、縁先を通る仲居に声をかけた。

「ハハハ・・残念ながら、独り身です。
昨夜も、女性陣に責められました。」
「あら、残念!私がとおも若かったら、押しかけましたのに。」
「女将なら、歓迎しますよ。」
「お上手ですこと。
社長さまのことですもの。
あちこちに、いい方がいらっしゃるでしょうに。」



久しぶりに、ゆったりとした気分に浸る武蔵だった。
“そうだな・・そろそろ、身を固めてもいい頃かもしれんな。”
「ご苦労さん、おたまちゃん。
お連れの方は、どうしてらっしゃるの?」
「はい。先ほどお伺いしましたら、まだお寝みでございました。」
「そう、分かったわ。
お目覚めになられたら、
“社長さまはお庭にいらっしゃいます”と、お伝えしておいてね。」
武蔵に対し、深々とお辞儀をして仲居は辞した。
「よく躾が行き届いていますな。
これが老舗旅館ですか・・」
「まぁ、古いだけの旅館でございますよ。
さっ、白湯を召し上がってください。」
「そうだ、女将。
徳利を進呈しなくちゃいかん。
なにか暴言を吐いた記憶があるんだが。」
「宜しいんですのよ、社長さま。
当方の手落ちでございますから。
中々補充がままなりませんものですから、不足してしまいました。
とんだ、不調法でございました。」



酒の追加を命じた折に、空の徳利を下げたいという女将の言を、
床の間に並べ尽くすからと拒否した武蔵だった。
女将の泣き言を聞いてみたいと言う、いたずら心からのことだったが、
女将はあっさりと引き下がった。
「どうしました?実際のところは。」
「はい。番頭さんに言いつけて、他の旅館よりお借りいたしました。
お恥ずかしいことで、ございます。」
女将は、涼しい顔でさらりと答えた。
「ほおぅ、そうですか・・。
無茶な要求だと思ったのだが・・。」
「ほんとうに・・。ほほほ・・」
今度は、声を上げて笑う女将だった。
「気に入った!女傑だねぇ、女将は。
よし!徳利を進呈しよう。
戻り次第、手配させるから。
いいんだ、そうさせて欲しいんだ。
なぁに、日用雑貨品は、お手の物さ。」


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