長編恋愛小説 ～水たまりの中の青空・第一部～ （十二） 人を見る目は

赤ら顔の父親は、
「何を言うか、お前たちは。私は、心底先生に感謝しているんだ。
由香里が真面目に勉学に励むのも、先生のお力が大だと思っているんだ」
と、憮然とした表情を見せた。

「とんでもないです、お父さん。由香里ちゃんは、元々真面目なんです。
唯、やり方が分からなかっただけです。ちょっとしたヒントを、僕が教えただけです。
買い被りですよ、お父さん」

「いやいや、謙遜はやめなさい。私だって、人事部長をやっているんです。人を見る目は、持っているつもりです」
と、居住まいを正した。彼は、慌てて丸めていた背中を伸ばした。

「どうです、先生。就職活動は、始めていますか？　ああ、未だ二年生でしたね」
「はあ、そうですね。未だ始めてはいませんが、声をかけてはいただきました。もっとも、社交辞令かもしれませんが」

「ほうっ。声を、ねえ。どこからですか、それは。まあ、ぐっと飲んで、飲んでください」
身を乗り出して、父親は彼を正面から見据えた。
まさしく人事部長の目だった。
父親の射すくめるような目に耐えられなくなった彼は、コップのビールに目を移した。

「いえ、ホントに社交辞令だと思いますが。バイトをしていましたデパートなんです。
辞める時に、係長に引き留められまして。
その折りに、卒業後には正社員として働かないか、と。その係長には、色々お世話になりました」

「お世話というと、どんなことをですか。良かったら、話してください」
由香里の父親としてというよりは、人事部長という立場から興味を抱いたように問い質してきた。
彼は、由香里の話が気になったが、少し酔いが回り始めたせいか、口が滑らかになっていた。

「まあ、色々ですが。結構、夜のお誘いを受けました」
突然、由香里が声を上げた。
「ええっ！　夜の誘いって。エッチなお店とかにも、行ったんだあ」
「由香里ちゃん。大人のお話に口を挟むものじや、ありません。で、プールには行ったの？」
と、母親は由香里を窘めた。