二十代前半に構想して書き上げた作品です。
アダルト系だったものを、抑え気味に書き直してみました。
時代は、昭和の…そうですねえ。
四十年代の中頃、いざなぎ景気が終わりとなった頃のお話です。
同期の先陣を走っていた男が、ひとつのミスで転落していく様と、
交際中だった女性との別れがおとずれ、新たな恋に走りはしたものの…
麗子とミドリ…
頭を空っぽにして、どうぞふたりの女性をみてくださいな。
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まだ明けやらぬ朝もやの中、プライドの高さをその薄汚れた白っぽいトレンチコートにほのめかせ、三十路の旅も半ばの男が足早に歩いている。
街灯の下でタバコに火を点けた。
険しかった表情もタバコを吸い込む度にほぐれてきた。
ひとつひとつのビルを確かめ、頷きながら歩いている。
ビル街には、カツーン・カツーンとひびく男の靴音以外に物音ひとつしなかった。
ヒシヒシと押し寄せる孤独感は、否応なしに男をさいなめた。
きょうは月曜日。
間もなくこのビル街の活動がはじまる。
足早に行きかうビジネスマンたちは、まだ集まりはしない。
が、あと二時間ほどもすればこのビル街が生命ちを吹き返すだろう。
一年前には、肩で風を切るビジネスマンとして闊歩した男だった。
男は大通りを横切るとキョロキョロと辺りを見まわした。
落ち着かない仕種でタバコを投げ捨てると、狭い路地を右に左にと通り抜け、また大通りに出た。
その左に方向を取ると、その先に駅を見つけた。
冷たい朝もやをつんざくように、鋭く汽笛が鳴りひびく。
腕時計に目をやったが、いつの間にか止まっていた。
"チッ!"と舌打ちをしながら、しだいに焦点が合ってくる正面の時計に目をやった。
五時三十七分を指している。
新しいタバコに火を点けると、足早に駅に向かった。
そろそろ、新聞配達やら牛乳配達の自転車の音がしてくる。
男は急に喉の渇きを覚えた。
といって、まだ開いている店はない。
遠ざかる牛乳瓶のこすれ合う音を耳にしつつ、駅にたどりついた。
とりあえず、待合室の長椅子に腰をおろした。
始発列車は、六時四十七分だった。
「まだ、一時間以上あるのか……」
男の口から愚痴がこぼれた。
「とにかく急ごう。間に合ってくれればいいが‥‥」
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