昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](八十七)

2016-07-27 09:10:10 | 小説
 翌朝、どことて行く当てのない男は、ホテルの傍の喫茶店に入った。
殆ど満席の状態で、男はやむなくカウンターに座った。

 不味いコーヒーだった。出がらしじゃないのか、思わず口にでかかった。
ミドリの入れるコーヒーは、高い物ではなかったけれども、うまいコーヒーだった。

「お客さん、ご旅行ですか?」と、マスターが声をかけてくる。
「うん、まあね。だけど、わかるの?」

「そりゃあ、わかりますよ。
お客さんみたいに、のんびりとコーヒーを飲まれる方は。
待ち合わせの方は、時間やら入り口を気にされますしね。
出勤途中の方も、落ち着きませんね。
私も、ここに店を開いて二十年余になりますがね。
色んな人を見てきましたからねえ」
「だろうね」

馬鹿なことを聞いたと後悔した。
ジャンパー姿に、旅行用の小さな鞄を携行しているのだ。
旅行客だと言うことは誰にだって分かるはずだ。

 男は、自慢げに話をするマスターに対し、次第に煩わしさを感じ始めた。
人の好さそうな中年男だが、今の男には苛立つだけだった。

「トースト」
 話の腰を折るように、強い口調で言った。
マスターは、男の心がわかったのかプッツリと話を止めた。

そして、「サービスですよ」とバナナ一本を添えてくれた。
しかしそんな好意にさえ、乞食じゃないぞ! と怒鳴りたくなる心持ちだった。

「いらっしゃい!」
マスターの声につられるように、入り口を見た。

 そこには、昨夜の娘が居た。
少しはにかみつつも、睨みつけるような目の娘だった。


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