(一)
「社長、お早うこざいます。」
晴れ晴れとした表情で、五平が武蔵を迎えた。
「おう、ご苦労だったな。
どうだった、怒り心頭ってところか?」
「はあ、まあ。突然でしたから、あんなものでしょう。
しかし最後は納得してもらえましたよ。」
「嘘を付け! 渋々ってところだろうが。
娘を手放すってのは、売るのも同然だ。
あ、すまん。
五平には嫌なことを思い出させたか?」
「良いんです、社長。
ま、少しごねられましたがね。
最後には分かって貰えました。」
「まあいいさ、俺が出向いた時に頭を下げればすむことだ。
問題は小夜子だな。
挨拶に行ったと知ったらどんな顔をすることやら。」
「社長、話してないんですか? らしくもないですな。
万が一にも、四の五の言われるようなら、ガツンと言ったらどうですか。」
「うん、それがなあ……
どうも小夜子の前に立つとなあ。
ま、近々話すさ。」
「どうも小夜子奥さんにはからっきしですな。」
「ははは、惚れた弱みかな? らしくもないな、確かに。」
頭を掻き々々の武蔵だ。
(二)
「社長!」
高揚した顔で、徳江が息急ききって駆け込んできた。
「どうした、徳江。お日様が西からでも昇ったか?」
「冗談を言ってる場合じゃありませんよ。
お姫さまが、いや小夜子奥さまがお見えなんです。」
「小夜子だと!」
素っ頓狂な声をあげる武蔵に、
「おやおや、噂をすればですね社長。
あたしはこれで引っ込みますわ。」と、にやける五平だ。
「なあに、あたしが来たらまずいことでもあるの? 」
上機嫌で小夜子が部屋に入ってきた。
「そんなことはないさ、大歓迎だ。な、徳江。」
「勿論です。毎日でもお出で頂きたいですわ。皆喜びます。」
「ありがとう。素直に受け止めておくわ。」
「今日はどうした? えらく地味な服じゃないか。」
「これから病院に行くの。」
「そうか。それじゃあ、と。
これで果物でも買っていってやれ。
そうだ、帰りに映画でも見て行くか?」
「うーん、一人だと……」
「なんだ? ひよっとして怖いのか?」
「そうじゃないけど、一人じゃつまんないもん。」
背広の裾にじゃれながら、言う小夜子。
いじらしさを見せる小夜子に、つい会社だと言うことも忘れて抱きしめてしまった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます