(一)
「へい、いらっしゃいぃ!」
「いらっしゃいませ。
まぁ、やっとお出でいただけましたですね。
首を長~くしてお待ちしておりました。」
威勢の良い声がかかる中、鼻にかかった艶っぽい声がかかる。
「そうしょっちゅうは来れんさ、こんな高級鮨店には。」
「あらまぁ。
富士商会の社長さまともあろうお方が、そんな情けないことを…」
千夜子の姿に気付いた女将、次の言葉を呑み込んだ。
「おいおい、変な気を回すなよ。
このお方は、小夜子の恩人だ。」
「あら、そうでしたの。それは失礼致しました。」
「大将! 二階に上がらせてもらうよ。」
「へい、どうぞ。」
案内しようとする女将を制して、奥へと進む武蔵と千夜子。
「ご常連なんですね、社長さまは。」
「うん。まぁ、何と言いますか。
こけおどしのような……。
こういう店ですとね、富士商会が一流会社に思われるんですわ。」
「まあ、ご謙遜を。
一流のお方は、一流の店を好まれるとか。
アメリカの将校さんなどは、大変にお喜びになられるのではございませんか?」
(二)
「失礼致します。」
静かに襖が開き、女将が酒を運んできた。
「いらっしゃいませ、御手洗社長さま。
とりあえずご酒をお持ちいたしました。」
「おう。」
横柄に答える武蔵。
千夜子に対する見栄が働いたか。
「大将お任せ、ということでお宜しいでしょうか。」
「あ、わたくしが。」
女将が差し出す徳利を、千夜子がすかさず受け取る。
女の火花が飛んだように、緊張感が漂った。
「さ、どうぞ。
さすがに丁度お宜しい燗具合でございますわ。」
「ごゆっくりどうぞ。」
下がりかけた女将に、武蔵が声をかける。
「あぁ、かまわんよ。
美味いものを食べさせてくれ。
大事なお客さんだから、よろしく頼む。
小夜子の命の恩人だ。」
「かしこまりました。そのように申し伝えます。」
襖に手をかけた女将に、更に告げる。
「それから、内密の話だから、呼ぶまで来ないように。」
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