昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十五) 五と六

2012-09-16 12:11:24 | 小説

(五)

“おいおい。
どんなおばさんかと思っていたら、中々のものじゃないか。

俺の直感が当たったな。
こんな美人を帰すなんて、とんでもない。”

武蔵の悪い癖が出た。

通された二階の社長室。
グルリと壁をみまわすが、実に殺風景だ。

部屋の広さに似合わぬ、小ぶりの机が正面にある。
そして書類棚が一つに、帽子掛けがあるだけだ。

壁にしても、絵画の一つも掛かっていない。
銀行名の入った日めくりの暦があるだけだ。

「味気ない部屋ねえ。」
千夜子がポツリと洩らした言葉。

「何もない部屋でしょう? 
言われるんですよ、絵ぐらいかざったらどうだ、と。

ま、好みから言うと、裸婦あたりですかな。
ドガの踊り子も、良いかとは…」

「らふですか? ドガの踊り子と言いますと……。
あぁ、ベッドに横たわっている……? 
まあ、ご趣味がご高尚ですこと。」

突然に声をかけられても動ずることなく、千夜子は受け答えする。

「いゃあ、まったくもって、面目ないです。
こちらがお伺いしなくちゃいかんのに、ご足労いただきまして。

どうですか、このあと何かご予定はおありですか? 
よろしかったら、うまい鮨でもつまみせんか?」

“俺としちゃ、あんたをつまみたい心境だがね。
小夜子には若い者を担当させるなんて言ったけれども、とんでもない、俺が担当だ。

さあ、食い付いてくれよ。
ここは変に勿体ぶらずに、素直にだ。”




(六)

「まぁ、お鮨ですか? 
嬉しいですわ、大好物なんです。

もう、予定がありましてもお受けしますわ。
でも、お宜しいんですか? 

奥さま、お一人じゃございませんか?」

「いや、大丈夫です。
付き添いを頼んでおります。

小夜子が信頼を寄せてる女が居ましてね。
小夜子を見初めた所の、梅子という女なんですが。」

“いかん、いかん。
どうして梅子のことまで言うんだ、俺は。
どうもこの女には、隠し事をしたくないと思ってしまう。
素の俺を見せたくなってしまう。”

「それでは、お供させていただきます。」

“甘ちゃんなのかしら?
聞きもしないことまで、ベラベラと。
お坊ちゃん? 二代目なのかしらねえ。”

組み易しとほくそ笑む千夜子だ。

柔らかい物腰の中にも、凛とした風情がある。
銀座のクラブママに通じるものを漂わせている。

「それでは、出かけましょうか。
お帰りが遅くなると、ご主人に叱られそうだ。」

「あたくし、戦争未亡人ですの。
母一人娘一人ですから、お気遣いなく。」

「ご主人は、どちらで?」
「はい、ニューギニアだと聞いております。」

「そうですか、南方は大変でしたなぁ。」
「社長さまも、南方の方でいらっしゃいますか?」

「いや、内地で終戦を迎えました。」

“やっぱり、お坊ちゃんね。
父親の伝で、内地だったのね。”

抑えがたい憤怒の思いに囚われたが、ぐっと押さえ込んだ。


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