昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十六) 三と四

2012-09-22 17:56:57 | 小説
(三)

「さてと。まずは、奥さんも一杯。」
と、盃を渡した。

「失礼、お名前を聞いていませんでしたな。」

盃に口を付けた千夜子。

一気に飲み干して、答える。


「あら、それは失礼しました。

松尾、千夜子と申します。

千夜一夜の千夜子でございます。

親がそんな物語りを意識してのことかは分かりませんが。」


「そうですか、千夜一夜物語りから……。」

「社長さま、違っておりましたらごめんなさい。

このお店に、何か便宜をおはかりで?」


「どうしてそう思われます?」

「はい。言葉遣いが、他の方へとはちと違うように聞こえましたので。

下賎な言い方をしますれば、下手に出られているような。」


「ほう。鋭いですな、さすがに。

細かいところに気が回っておられる。

松尾さんは、客商売が天職のようだ。

以前、ちょっと。」

千夜子の酌を受けながら、酒がすすむ武蔵だ。


「ありがとうございます、なによりのお褒め言葉ですわ。

社長さま、千夜子とお呼びくださいな。

社長さまには、そう呼んでいただきたいですわ。」


“さぁ、この粉かけが分かるかしら?”

“この女、誘ってるか? 名前で呼べとは。

然も、千夜一夜なんぞを持ち出して。

しかし色香たっぷりの女だ、久しくお目にかかってない。”



(四)

「社長さま。

本日はお忙しいところを、ありがとうございます。

更には、このような過分なもてなしまで頂きまして。」

居住まいを正して、座布団から降りた千夜子。

お辞儀の折の襟足が悩ましい。


「とんでもない! こちらこそ、ご迷惑をかけました。

本来なら、こちらからお礼の連絡をせねばならんのですから。

まったくお恥ずかしいことで。」


「それにしましても、お可愛らしい奥さまで。

でも驚きましたわ。

たかがモデル如きにあれ程入れ込まれるとは。

あっ、失礼しました。

言葉が過ぎまして。」


「いやいや、良いんですよ。

まだ、ネンネですから。

なりは大人ですが、まだ夢見る少女でして。

あのモデルと世界を旅するなどと、夢物語りを。」


「羨しいですわ、それは。

あたくしなんか、日々の暮らしに追われてます。」

武蔵の盃が空になると、すぐに千夜子の手が伸びる。

勢い武蔵の酔いも早まりそうだ。


“おっ、来たな。

大丈夫! あんたは信用できる。

出してやるよ、たっぷりと。

別の物も出させてくれると嬉しいが……”

鼻の下が伸びてはいないかと、ちと気になる武蔵だ。


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