昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(三十八)の三と四

2012-06-09 15:23:58 | 小説



「今夜はこの部屋にしよう。」
正三が通されたのは、初めて入る書斎だった。

大きな窓を背にした机があり、壁には天井まで隙間なく蔵書が整理されていた。
塵ひとつないない部屋、源之助を如実に現している。

緊張の面持ちで立ちすくむ正三に、椅子を指し示した。

「ま、座りなさい。
いいか、正三! 
お前もいつかは家を持つことになる。

その折には、書斎を作りなさい。
瞑想ができる部屋を、な。
ところで正三お前は、この郵政省で何を為すつもりだ?」

「は、はい?」
思いも寄らぬ問いかけに、ぐっと言葉に詰まってしまった。

「そんな、何を為すなんて……。
ぼくは、ぼくは……」

まさか、小夜子を追いかけてきたとは言えない。

小夜子がここ東京に出ることになるとは思いも寄らぬことだったし、
まったくの偶然ではあった。

当初の正三は、確かに“お国の為に、等しく庶民の為に働くぞ!”という気概があった。

しかし小夜子を知ってからと言うものは、小夜子にだけ思いが至っている。






「まあ、いい。

まだ、覚悟というものはできないかもしれん。
私が、お前に目標を与えてやる。

次官になるんだ!いいな、私が果たせなかった夢を追いなさい。

本来なら私は退官しているところだ。

同期の者が、名前を口にするのも腹立たしい権藤が、
次官の席に座った時点で辞めなければいかんのだ。

しかしだ、正三!」

源之助の声が一段と大きくなる、張りが出る。
思わず直立不動の姿勢をとる、正三だ。

「入りますよ、お茶をお持ちしました。」
奥方の声がする。

カクカクと固い姿勢で、お辞儀をする正三だ。
緊張感がとれない。

「いらっしゃい、正三さん。
あらあら、そんなに固くなってらして。

あなた、外にまで聞こえそうなお声ですよ。」

にこやかに微笑みながら、テーブルの上にお茶、お茶菓子を並べた。

「どうぞ、お食べなさいな。
お夕食、まだでしょ?

お話が済むまでまだ時間がかかるでしょうから、お腹空くでしょうから。」


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