昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百一)

2023-12-12 08:00:55 | 物語り

 なにかを言わねば、慰めのことばをかけなければ。
“勝子ねえさんだったらどういうだろう、どうお慰めするだろう”。
思えばおもうほど、考えればかんがえるほど、ことばが逃げていってしまう。
“社長、しゃちょう。お姫さまのところへ戻ってきてください。
信じてらっしゃいますよ、小夜子奥さまは”。
やはり祈るだけしかできない竹田だった。

「社長はねえ、つねづね言ってらっしゃった。
『小夜子に勝る宝物はねえよ。おれがこんなに女ごときに惚れちまうとは、思いもよらねえことだぜ』ってね。
小夜子奥さまに会わずに逝かれることはありません、ぜったいにね。
いや、あっちゃならねえことです。戻られますって、ねえ。
今日だって、『武士坊ちゃんにおもちゃを買うんだ』って、そう言って出られたんですよ」
 五平のことばに意を強くした竹田もまた、「そうでした、おもちゃです」とつづけた。

「そう、そうなの。なんで百貨店なんかに、そう思ってたけど、またおもちゃなの?
もういっぱいなのよ、足の踏み場もないくらいなのに。
またおもちゃ? 武蔵らしいわね。あたしのときもそうだった。
もういらないっていうのに、鞄だ、靴だ、帽子だって。
そうなのよね、武蔵は愛情表現がへたなのよね。
お金をつかうことばっかり考えて」

 気持ちが落ちついてきた小夜子だった。
愛情表現がへただと言い切った小夜子だが、己自身にも当てはまると思う小夜子だった。
“そういえば、あたしも武蔵に、はっきりと自分の気持ちをつたえてなかったわ”
“だめだめだめよ、あなた。あたしにも言わせて、しあわせよって”
 はじめて、武蔵ではなく、おじさんではなく、「あなた」ということばをつかった小夜子だった。

「竹田。なんで、なんでなの? なんで刺されなくちゃいけなかったの!」
 疑問の問いかけが、さいごには怒りのことばに変わった。
「だれなの、犯人は。目星ぐらいはついてるんでしょ! 
そりゃねえ、あこぎな商売をしてるのはわかってる。
まともな商売なら、こんなにあたしに贅沢なんかさせられないわよ。
近所でもうわさにのぼってるのは、あたしにだってわかるわよ。
でも、殺されかけるほどのことなの? 商売上なら商売で勝負しなさいよ!」

「そのとおりです。小夜子さん(お姫さま)のおっしゃるとおりだ(です)」。
五平と竹田のことばがかぶさった。
「あなたたちって、似たもの同士なの? おんなじことを言って。
竹田。あなた、もうすこし気の利いたことはいえないの? 
そんなじゃ、お嫁さんの来てがないわよ」
 小夜子から手きびしいしっぺがでた。
しかし竹田はうれしかった。“それでこそおひめさまだ”と、こころの中でつぶやいた。



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