昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一章~ (一) 破格の結納金を目の前に積み上げて

2014-08-20 09:37:20 | 小説
(二)

実家における生活は、武士にとって決して楽しいものではなかった。
母方の祖父である茂作は、武蔵を快く思っていなかった。
否、憎んでいた。己の借金の為に、愛娘を奪い取られてしまったのである。
まず五平が出向き、茂作を目の前にして詰め寄った。
当時としては破格の結納金を目の前に積み上げて、強引に迫っていった。

「小夜子には、決して金の苦労はかけさせません。お義父さんには、楽隠居をしていただきます」
「よ、呼び捨てにするとは、なにごとか! 然も儂を、お義父さんとは、片腹痛いわ!」

烈火の如くに怒る茂作に対し、小夜子によれば、武蔵はふてぶてしく煙草を燻らせていたと言う。
更には、薄ら笑いさえ浮かべていたように、見えたとも。

これでもかこれでもかと札束を積み上げていったとか。
そして延々五時間にも及ぶ攻防の末に、茂作が根負けした。
母には、将来を言い交わした相手がいたのだが、武蔵は委細構わず詰め寄った。

わずかばかりの田畑で細々と生計を立てる貧農だったにも関わらず、
一攫千金を狙った茂作の、当時「赤いダイヤ」と称された小豆相場に手を出し、借金だけが残った折りのことだった。
質の悪い業者に騙されてのことである。
当初は、「お金のためになんか!」と反発心を抱いていた母も、金員でしか愛情表現ができない武蔵を知るに至り、いつしか気持ちが動いていた。


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