昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (七) 貴子の明るい声に

2014-12-27 18:55:43 | 小説
彼の口から出てくる母親は、非の打ち所のない女性のように思えた。
優しい女性で、何事もテキパキとこなし料理が上手い。
そして何より美人であることを、彼は強調した。

理想の女性像として、彼の心の中に確固たる地位を確立していた。
しかし父親の事は、すぐには話したがらなかった。
幼くして亡くした父親ゆえに記憶が薄いのかとも思う貴子だった。

「ごめんね、話したくなかったらいいの。
小さい頃に亡くなったのだったわよね。思い出が少なくても仕方ないわよね」
「いや、話すよ。やっぱり、話しておいた方がいいかもしれない」
訥々と話し出した彼だったが、その内容は敵意すら感じるものだった。

母親からの一方的な思い出話を聞かされたが為に、悪い一面だけの父親像とも思えた。
もっとも、家庭人としての父親は失格だが、仕事人としての父親は尊敬に値すると言う言葉が、救いではあった。
“ひょっとして、マザコンかしら?”
唯一の欠点のように、貴子は思った。

「じゃ、食事の支度するね。いいの、いいの。そこに座ってて。
カレーライスだけど、いいでしょ? 夕べ、作ったのよ。
ひと晩寝かせてあるから、まろやかな味になってる筈。
カレーだけは、自信があるの」

貴子の後ろ姿を見ながら、
“少し早まったかな? いきなりのキスは、まずかったか”と、貴子の気持ちを図りかねていた。
もやもやとした気持ちを持て余しながら、ベッドに寄りかかった。
“嫌われているんじゃないんだ。性急すぎただけさ”

部屋に帰ってからの行動と貴子の応対を思い返してみても、無理強いをした覚えはなかった。
貴子も、積極的に応じてきたのだ。貴子の、突然の痙攣だった。
“ひょっとして彼女、未経験か?”
そう考えると、辻褄が合うような気がした。

彼は、真理子のことを思い起こしてみた。
真理子も又、初体験だった。
“真理子さんだって、初めは拒否したじゃないか。
雰囲気が盛り上がってからの、ことだったじゃないか。
いいさ、無理に今夜じゃなくても”

「はーい、出来たわよ」
貴子の明るい声に、彼は救われたような思いだった。


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